いいと言うまで、舐めてみせて




チョコフォンデュしかない。

彼女は力強い握りこぶしを作って一人頷いていた。

一緒にチョコレートが食べられるなんて幸せに違いない。

コイビトっぽいに違いない。

チョコレート好きの彼女としては、一緒にチョコレートが食べたかった。

素敵な贈り物というのも捨てがたいが、それより自分の口に入る方が大事だ。

違う違うと彼女は頭を振る。

自分の口に入ることより、彼と同じ時間の共有が大切なのだ。

最終目標がこんなにも簡単に決まってしまった。

準備も滞りなく進む。

バレンタイン前日、彼女は吉野にメールを送った。

『明日は一緒に過ごしたい』という簡潔なメール。

素っ気なくも見えるがいつもの彼女がこんな感じだから、吉野も気にしたりしないだろう。

『了解』という一言の返信だったのだから。

当日はやはり緊張する。

朝から落ち着かず、ずっとそわそわしている。

無駄に何度も時計を眺めてみたり、ウロウロと室内を歩き回ってみたり。

そこへ座りなさいと怒られるような態度だったと後からそんなことを思う。

約束の時間五分前に吉野は彼女の元を訪れていた。


「こんにちは」

「いらっしゃい、吉野」


彼は赤いバラの花束を彼女に差し出した。

ぱちくりと瞬きをし、花と彼の顔を見比べる。


「今日、バレンタインだから」


照れくさそうに視線を逸らしながら、吉野はそう言った。

確か、外国では男性が花を贈ったりすると聞く。


「……不破真広に何か言われた?」

「なっ、何で、そこで真広の名前が出てくるんだよ」

「図星、だね。悪いことは言わないから、吉野はアイツの言葉を100パーセント嘘だと受け取るべきだと思うよ? そうじゃなきゃ、きっとそのうち酷い目に遭う」

「……ホントに真広のことが嫌いなんだね」


呆れたように苦笑する吉野。

一つ訂正させてもらえるのなら、彼女は真広が嫌いなわけではない。

ただ、苦手なだけだ。

それを口にしたところで、同じだと笑われるだろう。

受け取ってほしいと花束を一歩分近づけられた。

花は嫌いじゃない。

むしろ好きだから、素直に受け取った。


「ありがとう、吉野。それと、ハッピーバレンタイン!」


彼女の手のひらには蝶々結びのピンクリボン。

リボンだけが乗った彼女の手を吉野はじっと見つめた。

そこから何か読み取ろうとするように、じっと。

花束をテーブルの端に置き、彼女は吉野の手にリボンを乗せた。


「今日は吉野にチョコフォンデュをプレゼントします!」

「君、チョコレート好きだもんね」

「別に、自分が食べたいからってわけじゃないからね!」

「わかってるよ」


柔らかな微笑み。

何だか心の奥底を覗かれたような気がした。

そんな彼を知らぬ振りして、吉野の前にフルーツやマシュマロの乗った皿を置く。

綺麗に溶けたチョコレートも傍に置いた。

吉野は何も言わずにマシュマロを突き刺した。

そして、液体になっているチョコレートに潜らせる。

それを食べるのかと思えば、彼女の口に押し付けた。


「へ?」

「毒見」

「何それ。味見はしてまひゅ」


結局口に突っ込まれてしまった。

その後の台詞に驚かされるのは、もう少し後の出来事。



2016/05/21



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