受け取ってもらえなくてもいい(自分で食べる)




走って、走って、走って。

これ以上走れないと体が悲鳴を上げる。

そんな体を叱りたいけれど、心も限界のようだ。

走り続けていた彼女はようやく足を止めた。

膝に手をつき、肩で呼吸をする。

乱れ切った呼吸では、体内に上手く酸素を取り込めない。

まるで長距離泳いでいたようだと思う。

走り続けていた彼女は、その場に倒れこみたい衝動を何とか抑えた。

これだけ全力疾走すると、髪も服装も酷い有様だ。

乱れた頭に手をやり、何とか整えようとする。

手櫛ではあまり上手くできなかった。

彼女がこんなにも先を急ぐ理由は数日前にある。

バレンタインを特集していたテレビ番組にいとも簡単に乗せられ、『彼』を呼び出そうと決めた。

いざ凛に連絡しようとすると、手が動かない。

ドキドキバクバク心臓が壊れてしまったかのように歪な悲鳴を上げる。

電話なんて以ての外、メールすら危うい。

登録している彼の名前を見るだけで涙が溢れそうになった。


「江ちゃん、お願いがあるの……!」


ようやく通話ボタンを押せた相手は彼の妹だった。



***



待ち合わせ場所にちゃんと立ってくれている姿を見つけて、酷く安心した。


「凛!」

「何だよ。わざわざ、江経由で連絡しやがって。お前、俺の番号知ってるだろ」

「知ってるけど……。今日はそんなこといいの!」

「いいとか言うな」


今彼女の脳内と心はパンク寸前だ。

色々言葉を投げかけられたところで処理はできない。

何かを説明する前に渡すしかない。


「これ」


素っ気ない言葉で差し出したのは、凛を思わせる赤い包み紙のチョコレート。

バイトを頑張って、ちょっと高いものを買ってみた。

ただの自己満足だけれど。

気持ちを値段で測れるなんて思わないけれど。

ちょっとだけ背伸びをしたかった。

いつもと違うところをアピールしたかった。

凛に彼女の存在をちゃんと見て欲しかった。

驚いたと書いた顔で凛は彼女の手にあるチョコレートを凝視した。


「要らなかったら、いつも通りはっきり言って」

「はっきり言ったら、泣くだろ、お前」

「もう泣きません」

「それ何度目だよ。嘘ばっか吐きやがって」


凛の手が彼女の頬を軽く摘まむ。

痛みはほぼ感じないけれど、何だか心に鉛を落とされた気分だ。


「まあ、いいや。今日は時間、ありがと」


まだ凛に渡していないソレを引っ込めようとしたところを阻まれた。

彼女の頬に優しい痛みを残したものとは比べ物にならない力で。


「凛……?」

「それ、俺んだろ。勝手に隠すな」


受け取ってくれるのだろうか。

捻くれたそれでいて弱気な彼女のチョコレートを。

泣きたくなくて、一生懸命笑顔を作った。



2016/04/14



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