もう指先がチョコ味になっているから




冷たい空気が夜空を支配している。

思わず体を縮こまらせてしまうような風の音が耳に届いた。

彼女は今、カイトの部屋を目指していた。

明日はバレンタインデー。

日本人としては、男性にチョコレートを贈る日という認識が強い。

外国の人間が多い幽霊船で、バレンタインのチョコレートの話をできるのはカイトくらいだ。

甘いもの嫌いなライカの前で『チョコレート』なんて単語を出せば、どんな視線を浴びせられるかわからない。

目的地の扉の前で深呼吸。

胸に一度手を当て、それからノックした。

返事の後で扉を開ける。


「カイト、ちょっと時間貰える? ……あれ? 一人?」


てっきりスイヒがいると思っていた分、拍子抜けだ。

過保護な心獣サマは基本カイトにくっついているのに、不思議なこともあるものだ。


「スイヒなら、ヘルマのところだよ。何か相談したいことがあるとかないとか」

「どっちなの!?」

「やっと笑った。思いつめた顔をしていたから、どんな話を切り出されるかって緊張してたんだ」

「ごめん……。話したいのは、バレンタインのチョコレートの話なんだけど」

「バレンタイン? ああ、そう言えば明日だ」


部屋に招き入れられ、ソファに腰を下ろす。

今はこんなものしかないからと差し出されたのはミルクコーヒーの缶だった。

甘いものを欲していた口には大歓迎なソレに微笑む。


「ありがとう」

「それで、バレンタインの話って? 限定のチョコレートを買いに行くとかそんな話?」


それはそれで魅力的な話なのだが、今日の目的はそれではない。


「お菓子作りが得意なカイトに、チョコレート作り手伝って欲しくて……」

「……あげる相手がいるんだ?」

「いると言うか、何と言うか……」


あげたいのは、今目の前にいる彼だ。

それをまだストレートに言えない。

完成した作品と共に告げるのが、今日の目的であり、最大級の難関ミッションだ。


「わかった。俺で良かったら、付き合うよ」

「ありがとう、カイト!」


二人は幽霊船内の厨房へ向かう。

材料は彼女がちゃんと用意していたから、すぐに始められる。

桜色のシンプルなエプロンを身に纏い、彼の隣に立った。

今日の講師(せんせい)であり、彼女の目標地点でもあるカイトの隣に。


「じゃあ、始めようか」

「よろしくね、カイトセンセイ」


カイトの教え方と彼女の飲み込みで作業は順調に進む。

辺りを漂う甘い香りにカイトが頬を緩めたその瞬間だった。


「きゃっ!」


小さな悲鳴と大きな音。

反射的に目を瞑ったカイトが再び目にした世界は、小さな惨劇だった。

ひっくり返ったボウルの中身はほとんど床にまき散らされていた。

彼女が頑張っていた努力の結晶は使い物にならない存在に。

それを目の当たりにして、大きな溜め息を吐き出していた。


「大丈夫?」


取り敢えず彼女に声をかける。


「私は大丈夫だけど……。上手く作ってカイトに贈りたかったのに」

「俺に?」

「そう。だって、カイトはチョコレートが好きだし、私もそんなカイトが好きだし」


ぽろりと零れた告白に彼女は気づいていない。

気づいたのはカイトだけ。


「今、貰うよ」


チョコレート色の彼女の指先にキスするように触れた。


「!!」

「うん。甘くて、美味しい」

「カイトの馬鹿!」


真っ赤な顔で怒鳴り、彼女は走り去ってしまった。



2016/04/23



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