私が好きな君の好きな人




寒い風の中を走っているその姿をずっと遠くで見ていた。

近づくことなんてできない。

この距離を壊してしまうことが何よりも怖い。

近すぎず遠すぎず。

この距離が愛おしい。

……そんなの、ただの言い訳だ。

自分を誤魔化して心に鍵をかけて、得をする人なんていないことを馬鹿みたいに必死に守っている。

弱虫な自分が大嫌いだった。

彼のようになりたいと願っていた。



***



「八神くん」

「ん?」


いつもならすぐに部室に駆けていく彼が自分の席に着いたまま窓の外を眺めている。

どんよりと曇った空を眺めている。

一瞬彼女に向いた視線はすぐに雨が降り出す数分前な空へ。

誰かを待っているのだろうか。

それとも……。

授業中はまったく働かない頭が高速回転している。

それがよくわかった。

それも良くない答えを導き出している。

溜め息を我慢する方が難しい。

こぼしそうになったそれを必死に飲み込み、ドキドキを抑え込み、彼の名前を呼ぶ。


「八神くん。いつもお世話になってるから」


そんな前置きをして差し出すのは、スーパーに並んでいるチョコレートのバレンタイン仕様。

ラッピングもしていない色気のない形。

こんな形じゃないと渡せない。

深い意味なんて込められない。

受け取って貰えないとわかっているのに、渡せない。

だから、予防線を張っている。

これなら大丈夫だろうというラインじゃないと、行動に移せない。

弱くて狡い。


「友チョコ……って言い方が近いかな?」

「友チョコかあ。ありがとう」


そんな笑顔向けないでほしい。

そこに納得しないでほしい。

もう少しドキッとしてくれてもいいじゃないか、と文句をつらつら。

自分で逃げ道を作っておいてなんて言いぐさなのだろう。


「おれも何かあげられたら……」

「いいよ。来月の三倍返しを楽しみにしているから」

「三倍……焼きそばパンでいい?」

「八神パンの焼きそばパン絶品だもんね。でも却下」

「酷いなあ」


笑い声が重なる。

今がとても幸せな時間に思えた。

永遠なんて願わないから、あと少しだけ。

あと少しだけ、この空気を独り占めしていたい。


「ねえ、八神く――」

「あっ!」


輝いた彼の瞳に『彼女』が映る。

苦しくて苦しくて、切ない。

彼の一番になんてなれない。

二番にだってなれない。

きっとランキング圏外、なのだろうと思うと泣きたくなる。

実際、視界が少し歪んでいる。


「じゃあ、また!」

「……うん。部活、頑張ってね」


笑えていただろうか。

笑えるわけのない状況を誤魔化せただろうか。

明日には何かが変わっているだろうか。

ココロにモヤモヤが残った、そんなバレンタイン。



2016/03/11



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