どうしても甘くならない




この時期は本当に楽しい。

様々な材料が店頭に並ぶ。

既製品も可愛いのや珍しいのがたくさんで、見ているだけで幸せな気分になる。

甘いもので幸せになれる辺り女の子としてまだまだ捨てたものじゃないと考える。

普段の自分がどれほど『女の子らしさ』から離れているか自覚しているから。

この時期は特別だ。

誰だって普段以上の女の子になれると信じたい。

そんなこんなで彼女はチョコレート作りをしようと色々な道具をテーブルに並べていた。

何を作ろうかまだ迷っている。

何なら喜んでくれるだろう。

何でも喜びそうな気がするけれど、その中の一番を選びたい。

彼の記憶の中にしっかり今日という日を埋め込みたい。

たとえ『自分』という存在を忘れられても、『今日』を覚えておいてほしかった。

……一体何を考えているのだと自嘲した。

変なことを考える暇があるなら、手を動かそう。

作業は思った以上に順調だった。

ぺろりと溶けたチョコレートを舐める。

わりとビターな味わいだった。

予想では、もっと甘くなっているはずなのに、どうも苦みが勝っている。

マズいとか失敗したとかではない。

普通に美味しい。

『さすが、私。天才!』と自画自賛する程度には。


「もっと甘くしたいんだけどな……」


頭を悩ませる。

レシピ通りに作っているはずなのに、何かが違う。

中途半端なところで悩んでいると、玄関から声が聞こえた。

誰かが来たらしい。


「随分甘い香りがするね」

「真琴? どうしたの?」


わりと可愛いエプロン姿で扉を開ければ、そこには幼なじみの姿。

スーパーの袋を持っている。

中身は何だろう。


「おすそ分け」

「……鯖」


予想の斜め上を行った。

と同時に浮かぶもう一人の幼なじみ。


「遙から?」

「大正解。どうしても君に食べて欲しいんだってさ」

「……じゃあ、まあ、頂くことにする」


複雑な表情を浮かべた彼女に真琴は苦笑した。


「この甘い匂いの理由、聞いてもいい?」

「今?」

「うん。今」

「真琴にあげようと思って愛情たっぷり詰め込んでチョコレート菓子を作っている最中ですが、何か?」

「そんな風に嫌味っぽく言われるとは思わなかった」

「内緒にしたかったからね」


驚かせたかったのに、残念ながら失敗だ。

これも遙の鯖のせいだ。

いっそ鯖の雨でも降らせてやろうか。


「よくないこと、考えてるね」

「ソンナコトナイヨ?」


抑えた笑い声が何よりも言葉を語っている。


「どうせだから、試食してって。上手くできたらあげる。できなかったら、あげない」

「え? そんなこと言わないで。勿体ないよ」

「捨てるとは言ってないよ? うん。遙にあげることにする」

「それはかなり困るんだけど」


秘密の隠し味。

それを真琴から貰った彼女は見事理想通りのチョコレートを作り上げたのだった。



2016/03/09



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