松岡凛
「初詣に行かないか?」
白昼夢でも見ているのではないかと瞬きの回数を増やした。
じっと見つめてもその現実は揺らいで消えたりしなかった。
「……凛?」
「何だよ。先約でもあったのか? だったら、別に……」
「全然問題ないよ! 是非行かせてください! お願いします」
不格好なお辞儀と共に返事をすれば、凛の抑えた笑い声が降ってきた。
そんなに面白いことをした自覚がないから不思議でたまらない。
これは馬鹿にされているのだろうか。
「んな顔すんなよ。可愛いなと思っただけだから」
「やっぱり馬鹿にしたんだね。わかった」
凛が素直に『可愛い』なんて言うはずがない。
からかっているだけだ。
「夜は混んでるだろうから、朝一で行くか。……起きられるか?」
「……3年間マネージャーしてきた私を舐めないでもらいましょうか」
「じゃあ、遅刻したら、罰ゲームな」
「……臨むところよ」
***
結論から言うと、二人とも遅刻せずにぴったり5分前だった。
若干つまらなかったが、そこには触れずに新年の挨拶を交わす。
ほどほどに混雑した境内を進んだ。
賑やかな鐘を鳴らす。
手を鳴らす。
頭を下げる。
瞳を閉じる。
今年最初の願い事。
それは大きすぎるものだったかもしれないけれど、どうか叶えて欲しい。
「凛は……何を願ったの?」
「それ口に出すと叶わねえとか言わなかったか?」
「そうなの!? 知らなかった……。今までばらしまくってたよ……」
がくりと肩を落とせば笑い声が降ってくる。
馬鹿にした笑い方ではなく、愛でるような笑い方。
それはさすがに都合よく受け取りすぎだろうか。
「それはお前が叶えようとしてるからだろ?」
「?」
「願いを現実にしようとする努力の一歩だって話」
「……そっか。そんな風に考えたことなかった。ありがとう、凛」
自分は凛からもらってばっかりだと思う。
そのお礼はできただろうか。
歩みゆく未来の違いを見つめられただろうか。
「さよなら」
言えないと思っていた言葉がいとも簡単に飛び出した。
「ん?」
「多分、もう凛と会うこともなくなるから……。だから、一回ちゃんとしたお別れをしておこうかなって思って」
その言葉を聞いた凛は眉間に皺を寄せた。
あからさまな不機嫌顔。
幻聴の舌打ちが鼓膜を震わせた。
「私、多分、可愛くお別れできないだろうから。だから」
「別れ? んなモン必要か?」
「必要、だよ。私が歩いていくためには」
自己満足に付き合わせるなんて失礼かもしれなかったけれど、時に縛られて止まってしまうことが怖かった。
私は私の道を自分の速度で歩んでいかなければならない。
「一緒に行くか」
「どこへ?」
凛は空を指す。
意味がわからず、その指先を見つめる。
「オーストラリア」
「……ああ、珍しく凛が馬鹿だ」
「何だよ」
「行けるわけないじゃない」
「何決めつけてんだよ。未来の形なんて人それぞれだろ」
「経済的事情を考えろ、馬鹿」
こつんと痛くないけれど、痛い拳が頭に当たった。
「全部ひっくるめて、お前と行きたい」
「……卑怯だよ、そんなの」
厳しい現実を無視して縋ってしまいそうになる。
甘い夢に溺れたくなる。
駄目だ、そんなこと。
地に足をつけていないと駄目だ。
言い聞かせていても心は既にそちらを選んでいる。
「……連れて行ってくれるの?」
「お前が望むなら」
答えはとっくに決まっていた。
未来の形も決まってしまった。
差し出された凛の手を迷うことなく掴んだ。
2016/01/16