いざ、バレンタインデー
毎年なぜこの時期がやって来るのだろうと憂鬱に思わずにはいられない。
溜め息でチョコレートが作れたら、どんなカオスな作品になるのだろう。
意外と芸術的作品が作れたりするのではないだろうか。
わかりやすい現実逃避が更なる溜め息を生み出した。
何年か前に買ったチョコレート菓子のレシピ本は随分ボロボロになっている。
それだけ使っているということなのだが。
「……今年は何を作ろうかな、あの甘党野郎に」
ただ甘いものが好きというだけなら、こんなに悩んだりしない。
一言二言余計なことを言うから嫌なのだ。
素直に「おいしい」と言わせたい。
何度そんな決意を抱いただろう。
未だに可愛らしい感想は頂けずにいる。
これでも成長していると思うから悲しくなる。
舌触りが悪いと言われた翌年は何よりもその部分に意識を向けたし、形が悪いと言われた翌年はフレンに飾りつけの仕方を教わった。
完璧に思える見た目も味もラッピングも何もかも最高傑作だと思っても、あら捜しをされる。
ユーリは彼女のことが嫌いなのではないかと疑わずにはいられない。
そんな一つの疑問は彼女の心を蝕んでいくのだった。
こんな憂鬱に喰われるなんて嫌だ。
このままの関係を続けていくことに彼女の心がもつだろうか。
それでも彼と一緒にいたい。
憂鬱を飲み込んで調理をスタートさせた。
***
「ユーリ!」
「何だよ。そんな怖い顔しなくてもいいだろ?」
戦場に向かう兵士のような顔、それに近いものがある。
無表情で彼を睨むように見つめる目にはかなり鋭い力があった。
「これ」
差し出したのはシンプルな茶色の紙袋。
赤や白のハート型シールがバレンタインをさりげなく演出している。
気づかれなくてもいいようにさりげなく。
「……」
「チョコレートという名の挑戦状」
ユーリの視線は紙袋に釘付けのまま動かない。
危険物じゃないことくらいわかっているだろうに、その反応はなんだろう。
不愉快だと頬を膨らませて見せた。
「お前……」
「さあ、勝負よ、ユーリ。今年こそ笑顔で美味しいって言わせてやるんだから!」
そう言った瞬間じわりと涙が浮かぶ。
泣くなんて卑怯だ。
そう思うのに、止まらない。
「そんな顔すんなよ。オレが泣かせてるみたいじゃねえか」
「実際、泣かせてるのはユーリでしょ!」
ユーリは困ったと頭をかいた。
しばらく視線を彷徨わせた後で距離を詰める。
「ありがとな」
鼻先への小さなキス。
そんなことをされたら何も言えないと彼女は小さな溜め息をついた。
2016/02/14