おやすみ、お月さま




夜も深くなってきた。

特に意味もなくつけっぱなしにしているテレビからは面白くもないバラエティ番組が延々と流れている。

作曲家の真似事を始めたのは、一年ほど前のこと。

彼と知り合って、自分も同じように音楽で繋がりたいと思ってしまったからなのだろう。

素人の独学なんて、お子様のお遊戯会。

酷い不協和音が奏でられるだけ。

思わず眉間に皺を寄せてしまう。

今流行りのヒット曲とまで贅沢は言わないから、せめて音楽の形を取って欲しいと願う。

ポンポンと小さなキーボードを叩く。

画面上に並ぶ音符。

それが彼を映す鏡であればいいのにと願う。

チャイムが鳴った。

開いているのだから、勝手に入ってくればいいのにと微笑みをこぼしながら、玄関に向かう。


「お帰りなさい」


彼が口を開くより先にフライング気味で迎えた。


「……お帰りなさい、と言うのは間違いでは? ここは私の家ではありませんよ?」

「……あ、そうか。じゃあ、いらっしゃい?」

「こんばんは。遅くなってしまってすみません」


玄関先で仕事帰りの彼を迎えるわけにもいかない。

すぐに部屋に招き入れた。

あたたかい飲み物を差し出す。


「いただきます」


渡した際の彼の手は随分冷たかった。


「今日もお疲れさまでした」

「貴女の声を聞くと帰ってきたという気がしますね」

「そう? じゃあ、電話とかかけた方がいいかな?」

「……訂正します。貴女に会って、貴女の言葉を直接聞くと、どんな疲れもたちまち癒されるのです」


そんな大層な力など持っていない。

並み中の並みな一般庶民に何を期待されても無駄なのだ。

大人気アイドル様と釣り合う部分皆無。

こうして一緒にいることが奇跡で夢幻なのではないかと未だに疑ってしまう。


「どうかしました?」

「ううん。何でもない」


赤くなっていないだろうかと頬に手を当てる。

油断するとドキドキさせに来る彼にほんの少し愚痴りたい。


「そう言えば、ハロウィンだったよね。はい」


受け取ってもらえないことを承知でソレを差し出す。

今日……日付が変わったから昨日、作ったカボチャプリンだ。


「ああ、そう、でしたね。頂きます」


彼女を気遣って受け取ってくれたのだろう。

それだけで満足だったのに、彼はスプーンを要求してきた。


「……今から食べるの?」

「いけませんか? せっかく貴女が作ってくれたものです。今食べたいのですが」

「いけなくはないけど……」


無理をしてないかと心配しながら、スプーンを差し出した。

綺麗な指先がそれを受け取り、彼女の努力の結晶を口に運んだ。


「うん、美味しいです。貴女らしい優しい味ですね」

「そんなのわかるの?」

「ええ。私の特権です」


嬉しそうに笑うから、こっちが恥ずかしくなってしまう。


「疲れてるよね。休んでいって」

「いえ、貴女に迷惑をかけるわけには……」

「迷惑な人を家に上げたりしないよ」

「……」

「貴方が羽を休めるための場所でありたい、なんて我が儘かな?」

「いえ。嬉しいです」


そっとカーテンを開ける。

ベランダのガラス越しに見える月は柔らかな光を放っている。

この日を見守るように、母の愛のように。


「おやすみなさい」


うとうとしている彼に声をかける。

風邪をひかないように細心の注意を払いながら、幸せな夢が見られるように手を組んだ。



2015/12/14



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