夜明けの海




最近不眠症なんじゃないかと自分の体に問いかけたい。

すっきり眠ることができなくて、人知れず悩んでいた。

誰かに相談するほど重症なわけじゃない。

それでも無視できないものだった。

大きな欠伸を噛み殺し、布団から起き上がる。

起床予定時間まであと1時間ほど。

どうしたものかと朝から憂鬱な溜め息一つ。

朝の散歩でもして気を紛らわせようと決めて家を出た。

ひんやりとした空気が背後から急かすように追い越していく。

負けてしまいそうな自分を叱ってくれ、何だか笑ってしまった。

家を出て数分。

目の前に広がるのは見慣れた海。

朝のまだ早い時間故か少し雰囲気が違うように感じた。

もっと近づいてみようと思ったのは何故だろう。

ゆっくり足を進めた時だった。


「七瀬くん?」


あまり話したことのないクラスメートだ。

その瞳が印象的でよく覚えていた。

この時期になってもクラスメートの顔と名前が一致しないのは結構問題なはずだ。

静かな朝の中では小さな呟きでも聞こえたらしい。

七瀬遙は顔を向け、彼女の名前を呼んだ。

向こうも知っていたとは、彼女としては驚きだった。

こんな目立たない地味すぎる自分の名前を知っていてくれたことが嬉しかった。


「七瀬くん、何をしてるのか聞いていい?」


馴れ馴れしいかと思いつつ、会話の始まりを作ってみた。


「海……」


ぽつりと呟かれたのは、目の前に広がる景色のこと。

その単語一つで何を言いたいのか理解できるほど頭は回らない。


「海? 海がどうかしたの?」


遙の返事はなかった。

怒らせてしまったのだろうか。

不安が侵食する胸を押さえ、海に視線を向けた。

潮の香と穏やかな波音。

時折吹く強い風が髪を乱していく。


「……海、好きか?」

「え? あ、うん……」


突然の問いかけに驚いたけれど、嫌いじゃないから素直に頷いておく。


「そうか」


短い返事一つ。

それからまた黙ってしまった。

このまま『じゃあ、また教室で』なんて別れられそうにないから、気まずさを抱きつつ立ち尽くす。

やけにゆっくりとした時が流れる。


「何か悩んでいるのか?」


暫くの沈黙の後で聞こえてきた遙の声。

予想外の言葉だった為、それを理解するのに時間を要した。


「え? 私?」


この場には遙と彼女しかいないというのにそんな当たり前のことを訊き返してしまった。


「話くらいなら聞いてもいい」


遙はこんな風に他人に干渉する人間だと思わなかった。

だから驚いたし、嬉しかった。


「……ありがとう」

「ああ」

「あのね」


口を開きつつも言葉が続かない。

迷っているのかもしれない。誰かに話すことを。


「ありがとう。でも、何でもないよ」


上手く笑えたかわからない。

けれど、笑ってみせた。


「無理をするのはよくない。俺に話したくなければ、海に話せばいい」

「……」


ああ、駄目だ。

心がいとも簡単に限界を迎えた。

ぽろり、ぽろり。

涙がこぼれ、いつの間にか心の中の不安をすべて音に変えていた。


「……ごめんね」


自分は何を口走っていたのだろうと羞恥と後悔が激しく混ざり合う。


「何も謝ることはないだろ。俺たちはただ海を見ていただけだから」

「え?」

「そろそろ帰らないと遅刻だな。また学校で」


眩しい朝日に照らされる海が未来を照らしてくれたような気がした。



『夜明けの海』



公開まであと4


2015/12/01



|
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -