君を溶かすトリック




本日、ハロウィン。

テンションの上がる年齢でもない彼女は、走り回る子どもたちを優しい眼差しで眺めていた。

エンガワでのんびりしているおばあちゃんみたいなところがある、と以前しいなに言われたことがある。

エンガワ、というのがよくわからなかったけれど、のんびりしているおばあちゃんを想像してみれば何だか微笑ましくなってしまった。

自分の近くにいる年配の女性が皆可愛らしい人だからかもしれない。

もうちょっと子供らしい方がいいのだろうか。

幼い頃から大人びている子だと言われ続けてきた。

下に弟妹がいるせいか、人に甘えるのがかなり苦手で、一人で何でもできる子という看板を掲げているのかもしれない。

ふと視線をずらせば、眩しい赤を見つけてしまった。


「姫! こんなとこにいた!」

「ゼロス、いい加減記憶抹消しないと、暴力による強制消去になるけどいい?」


子どもたちにせがまれ、得意でもない演劇の舞台に立った時のこと。

自分とは程遠いと思われたお姫様役を頂いてしまった。

相手の王子様役はテセアラの有名人である神子さま……というわけではなく、救児院のボランティアをしている顔見知り程度の青年だった。

ゼロスは見ないだろうと踏んでいたその舞台をばっちり見られた。

公演後真っ赤なバラまで頂いた。

自分が相手役じゃなかったと拗ねたゼロスが、嫌味で彼女のことを『姫』と呼ぶようになっていた。

呼ばれる彼女はその度に恥ずかしい記憶を強制再生され、たまったものじゃない。

忘れてしまいたい記憶程どうしてこうも脳に深く刻まれてしまうのだろう。


「さあ、お姫様。甘い甘い恋愛は如何ですか?」

「甘い、恋愛……。間に合っているので、お断りです」

「え!? 姫、恋愛中なわけ!?」

「そんなに驚くなんて失礼じゃない? まあ、相手なんていないんだけど。恋愛中なわけじゃないんだけど」


寂しい女なんだ、と自嘲を込めて吐き捨てれば、ゼロスは綺麗な笑みを浮かべた。

何が嬉しいんだと問い詰めたい。

人の不幸を喜ぶなんて、神子さま失格じゃないかと叫びたい。


「おいで」


普段よりワントーン低い声で呼ばれた。

ドクリと心臓が妙な音色を奏でる。

速度を上げ始める。


「……嫌だと言ったら?」

「俺が行くだけ」

「じゃあ、行く」


ゆっくり時間を稼ぐように歩く。

その速度を心臓が乱しに来る。

彼の目の前に立てば、そのままぎゅっと抱きしめられた。

何かあったのかと察して背中を撫でる。


「違うよ。俺さま、姫を甘やかしたいの」

「甘やかす……? 謹んで辞退させて頂きます」

「まあ、待って」


離れようとしたけれど、拒まれてしまった。


「トリック・オア・トリート」


囁くように歌うように紡ぐ魔法の呪文。

何も持っていないのを知ってのことだろう。


「ゼロスの望むように悪戯どうぞ」


諦めてその言葉を吐き出せば、彼は彼女の耳元で笑う。


「俺さまの悪戯、大人向きだけど大丈夫?」

「……ある程度はね」


そんなハロウィンの話。



2015/12/14



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