このままワンダーランドへ飛び込もう
料理の練習中の出来事。
借りていた厨房にスレイが駆け込んできた。
「ねえ、知ってる!?」
それはまだ見ぬ遺跡を初めて目にした時の輝きに似ていた。
子どもっぽい純粋な瞳がキラキラと光り、とても眩しい。
思わず目を細めてしまうくらいには。
「どうしたの、スレイ。何を教えてもらったの?」
思わずお姉さんぶってしまうのは、長い時の影響なのかどうか定かではない。
「今日ってはろうぃんなんだってさ!」
「ハロウィン? ああ、そういえばそうね」
「知っていたのか?」
常識、というわけではないけれど、詳しい内容なんて知らないけれど、とりあえず名前と簡単なイベント内容は知っていた。
それを口にすれば、一度むくれたスレイがまた瞳を輝かせる。
「すごいなあ。何でも知ってるんだ」
「何にも知らないよ。私の世界は狭いから」
「狭い? じゃあ、その手を握っていい?」
「……ごめん。どこから、そういう話になるの?」
「広い世界に連れ出してあげようかなって思って」
彼女の手を取って、世界に連れて行ってくれると言う。
驚きに目を見開き、それから彼女は笑い声をもらした。
彼をバカにしたわけでも、自分の現状に絶望したわけでもない。
自分は幸せなのだと改めて実感できて、嬉しくて、笑ったのだ。
そんな彼女のリアクションを悪く取らなかったスレイが次の言葉を続けた。
「このまま、二人でどっかに行く?」
「導師さまの台詞だとは思えないわね」
「……だよね」
「けど、すごく嬉しい。現実にはならないってわかっているからかもしれないけど、スレイがそんな風に言ってくれてすごく嬉しい。ありがとう」
彼女の言葉にスレイはぽかんとしただけだった。
意外な言葉が飛び出したと思っているのだろうかと握りこぶしを作る。
これくらいなら穢れも何もないだろう。
「……ホントに?」
「え?」
「一緒に行くのなんか嫌だとか思わない? どうせならミクリオの方がいいとか……」
「何の話? 私はスレイに誘われて嬉しいんだけど?」
感情が素直に出やすい彼の顔に朱がさす。
男の子に失礼だと思うけれど、可愛いと思った。
そんな反応を見せてくれるスレイに嬉しくなった。
「スレイ、トリック・オア・トリート!」
「お菓子なんて持って……」
彼のポケットから出てきたのは、チョコレート。
「ああ、さっき貰ったのを入れてたんだ。これでも良かったら、貰ってくれるかな?」
何故だろう。
それは不思議の国へのチケットのように思えた。
2015/12/10