海色夢色




「先輩は将来のこと考えているのですか?」


予想外の鈍器が頭上に落下してきた。

思わず手をやってしまったが、当然怪我なんかしていない。

物理的な痛みはない。


「先輩?」


彼の口調は責めているものではなく、純粋な疑問のようだった。

内面を見透かされたわけではない。

意識的に呼吸を繰り返し、下手な笑顔を貼りつける。


「いきなりどうしたの?」

「いえ。ずっと気になっていたのですが、聞く機会がなく今聞こうかと」

「うん。機会がないなら、ないままにしておくのがベストだよ?」

「逃げたくなる話題だということはわかりました」


探り合いを入れながらの会話。

どうやら彼女は敗北したらしい。


「考えてないわけじゃないよ? 一応進学先の大学は幾つか絞ってるし、その後のこともまだ曖昧だけど、考えてる」

「その内容聞かせてもらってもいいですか?」

「嫌だよ。まだみんなに言ってもないのに」

「でしたら、僕が一番でも問題ないですよね?」

「そんなに私の歩く道に興味ある?」

「はい」


真顔で返され、言葉が消え失せてしまった。

よくよく考えてみても、彼女と怜はそんなに接点がなかったと思う。

友人と呼ぶには少し違う気がするし、先輩後輩が一番しっくりくるだろうか。


「先輩と歩いていきたいと望むことは間違っていますか?」

「間違ってはいないと思うけど、多分違うと思うよ? 怜は怜の道を歩いていくべきだよ」

「僕の道が先輩と同じだとしても?」

「うん。私の話は聞かない方がいいと思う。それでも、一緒に歩いてくれるなら、そんなに心強いことはないよ」


彼の道を一時的な感情で潰したくないと思う。

怜のことだから、しっかり考えてくれているだろう。

それでも、それは一時的な気の迷いかもしれない。

間違わせたくない。

先輩として。

それ以上の感情を抱く者として。


「先輩」

「ん?」

「将来の夢ってなんですか?」

「んー……」


真面目に答えるかふざけるか少し悩んでしまった。

その結果、ホントの話と冗談と混ぜてしまった。


「幸せなお嫁さん、かな」

「……」

「何その微妙な表情!」

「いえ、先輩も女性だったんですね」

「今まで私をどんな風に見ていたんだ、この野郎」

「口が悪いですよ、先輩。それより、その夢、叶えて差し上げましょうか」


ああ、また彼は間違おうとしている。

それでも嬉しいと思ってしまった彼女は自分の心に戸惑わずにはいられなかった。



『海色夢色』



公開


2015/12/05



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