月夜の海




塾に行っていたら遅くなってしまった。

絶対に安全だと言えない世の中に若干の不安を抱えながら、帰路を急ぐ。

その足がぴたりと止まった。


「渚?」


この暗い中でも街灯を反射して眩しく見える彼の髪。

こぼれ落ちた彼女の声は彼に届かなかったらしい。

驚かせないように近づき、声をかけようとした。


「あ、何してるの?」


彼女に気づいた渚が場には不釣り合いな明るい声を出す。

その空気に飲まれそうになりつつ答える。


「えと、塾の帰り、だけど」

「塾行ってるんだ。すごいね」

「全然すごくないから」

「そう? 勉強頑張ってるんじゃないの?」


勉強を頑張らないから行かされているんです、とは言えない。

曖昧に笑ってその質問を受け流す。


「えと、渚は何してたの?」

「僕? んーとね、海見てただけかな」


その言葉に違和感を覚えた。

何か悩んでいるのだろうか。

そこには踏み込んでもいいのだろうか。

話を聞いてと言っているわけでもない。

勝手な自己満足だけれど、悩みがあるなら力になりたいと思う。


「そっか。海……真っ暗だね」

「うん。ちょっと怖いよね」


いつもは向日葵のような笑顔が若干曇っているような気がしないでもない。

踏み込んではいけないこれ以上。

このまま別れをつげようとしたら、先にそれを読んだらしい渚に手首を掴まれてしまった。

そう強くない、けれど決して逃がさない、そんな絶妙な強さで。


「……渚?」

「ちょっと話していかない? こんな時間に出会うこと滅多にないし」

「ちょっとだけなら……」

「あ、そっか。女の子をこんな時間に引き留めたら悪いよね」

「大丈夫。何時間も付き合うわけじゃないから」

「よし、帰りは僕が送るよ」


どうやら、彼女の話は聞いていないらしい。

それと同時にやはり何かを話したいのだと感じ、素直に付き合うことに決めた。


「なぎ……」

「この海、泳いで行ったら、どこに着くのかなあ」

「え?」


さすが水泳部とでも言うべきか。

同じように海を眺めていても、感じることも考えることも違う。

この方向はどこだっけ……と考える彼女は少しずれているかもしれない。

渚が言いたいのはきっとそんなことではない。


「この海をずっと泳いでいたら、君にたどり着けるかな」

「私?」

「気のせいかな。君がどこか遠くに行きそうな気がして……」


彼女と渚は仲の良いクラスメートという間柄だと思っていた。

渚が口にしたのは、それとは少し違う距離感。


「渚、私、かぐや姫とかじゃないよ?」

「うん。雰囲気全然違うもんね!」

「……そんな笑顔で言わないでよ。傷つく」


渚は笑った。

それは心の底から笑っているように思えた。



『月夜の海』



公開まであと1


2015/12/04



|
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -