深海蒼穹




コポ、コポコポ、ゴボッ……。

呼吸が苦しい。

空気が愛しい。恋しい。

このまま体を沈めていたくない。

もがいてもがいて、不格好な泳ぎ方で空を目指す。

誰かこの暴れる手を掴んでほしい。

助けてほしい。

溺れていく、意識が遠のいていく。

このまま消えてしまうのだろうか。

『人魚姫』のように……。



目が覚めた彼女はぼんやりとした目で鉛色の空を瞳に映した。

今にも降り出してしまいそうなほどに曇っている。

このままここにいると、通り雨程度では済まない雨の洗礼を受けるだろう。

それは避けたい。

パチパチとゆっくりとした瞬きで意識を覚醒させる。


「サボり癖がついてるって噂はマジなんだな」

「え? 凛!?」


ここは岩鳶高校。

凛は鮫柄学園の生徒。

間違いない。

転寝したぼんやりした意識でもはっきり答えられる。

そんな彼が何故岩鳶に?

疑問はなかなか言葉にならない。


「凛、え? こ、ここ……?」

「何わけわかんねえこと言ってんだよ」


太陽のように彼は笑った。

眩しい笑顔に一瞬目を細めた。


「凛……だよね」

「他の誰に見えんだよ」

「えと、何でいるの?」

「お前が真面目に授業受けるように説教しに来たんだ。……嘘じゃねえって」


凛の方は学校ほったらかしで大丈夫なのかと瞳で心配してみれば、今日は休みだと返されてしまった。

それならば問題ない……ことはない。

他校生がこんな易々校内に入れるなんて。


「ハルや真琴に頼まれたんだよ。お前に授業を受けさせろって」

「え?」

「教師の許可はちゃんととってある。お前が教室に戻れば、俺も帰る」

「え? え?」


まだ頭は混乱したままの状態で、現状を何一つ理解できない。

とりあえず、一つずつ片づけていくしかない。

彼女が登校しても、屋上や保健室、図書室や中庭……といった場所で過ごすようになったのは、半月ほど前からのこと。

真面目な生徒だったため、教師は心配し、何度も悩みはないのかと問われた。

これといった悩みはないし、今の生活に不満があったりしない。

けれど、教室を避けるようになったのは事実だった。


「私、多分、教室に入れないよ?」

「理由は聞いてもいいか?」

「教室にいると、溺れるから」

「溺れる?」


何を馬鹿げたことを言っているんだ。

凛はそんな顔をしなかった。

真剣に彼女の言葉を聞こうとしてくれた。

それはきっとずっと望んでいたこと。


「教室に戻るよ」

「は?」

「次は英語だったし、勉強しとかないとね」

「ま、お前がやる気になったならいいか」

「放課後付き合ってよ」

「この天気でか?」


今にも雫は零れそう。

このままだと放課後はかなりの天気になりそうだ。


「うん。凛は私の青空だから」

「意味わかんねえ」

「わからなくていいよ。わかられたら、ちょっと困る」



溺れてしまう私を助けて。

この手を引っ張っていて。

難しいお願いだとしても、離さないで。

飲み込まれてしまう私を救い出して。

私には貴方しかいない……違う。

たくさんの大切な人がいる。

だけど、私を見てくれるのはきっと貴方だけなのだ。



『深海蒼穹』



公開まであと2


2015/12/03



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