海の絵




一枚の絵が飾られている。

幻想的で現実的でそんな不思議な雰囲気の海の絵。

思わず足を止め見入ってしまった。

一瞬音が消え、次の瞬間音の洪水に襲われた。

昼休み。

教師に頼まれて教材を取りに来た真琴を迎えたのがその一枚の絵だった。

名前の添えられていない、まるで忘れられたかのように思える一枚の絵。

一目惚れ、と表現しても間違いないような自分の心。

作者は誰なのだろう。

会いたいと思ってしまった。

美術部の部員だろうかと想像し、放課後にでも会いに行ってみようかと思った。



***



放課後を迎え、部活が始まるまでのそう長くない時間。

真琴の足ははっきりとした意思を持ち歩んでいた。


「君が描いたの?」

「これ? まあ、そうだけど?」


青い絵の具を含んだ絵筆を指のように扱っている。

手元のスケッチブックには景色が描かれ、空を塗っていたようだ。


「……」


色々聞いてみたいと思う。

けれど言葉が出てこない。

何も言わない真琴を気にもせず、彼女は自分の世界へ向き合っている。

次々と色が命を吹き込んでいく様は神が世界を生み出す様に酷似しているのではないかと思った。


「橘真琴……で、間違いなかった?」

「間違いないけど、君は……」


素直に名前を教えてくれそうにない。

悪戯っ子のように瞳を細めた彼女を見れば、それはもう一目瞭然だった。


「これから何を描くの?」

「私はずっと海しか描かないよ?」

「それは何故か聞いていい?」

「教えてほしいなら」

「じゃあ、教えてください。お願いします」


若干演技口調で言葉を転がせば、どうやら満足だったようで彼女は大きく頷いた。


「そこまで言うならとくと聞くが良い」


やけに上からな言い方も演技がかっていて面白い。

多分彼女と話をするのは楽しい。

時間を忘れられるほどに。

友人になれるかもしれない。

いや、望むのはそれ以上。


「大好きで大嫌いだから、だよ」

「え?」


意識が余所を向いていた。

だから彼女の言葉が何に向けられているものなのか理解できなかった。


「私が海を描く理由。好きで嫌い。憎くて愛しい。だから、だよ」


よくわからなかった。

けれど、わからなくてもいいものだと思えた。


「今度俺の絵も描いてよ」

「変わったこと言うのね。描かれたいなら描くけど、私人物画はあんまりだよ?」


心惹かれる海の絵を描き出す彼女の手で描いて欲しいと願う。

上手いとか下手だとかそんな次元の話ではない。

彼女が描くから意味がある。


「描いて欲しい」

「じゃあ、モデルよろしく」

「いつでも声をかけて」


彼女は肩を竦めた。

それから、じゃあ今度ねと独り言のように呟き自身の世界に向き直った。



『海の絵』



公開まであと3


2015/12/02



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