幸福モデルルーム
※本編最終回後からの回想
※なので、死ネタ注意
アンジェはぼんやりとその現実を見つめていた。
見つめることなど言葉で言う程簡単ではなく、虚空に幻を見ているようなものだ。
マクモとキリクからジェノスでの戦いについて聞いた。
今にも零れそうな程大粒の涙をその瞳に浮かべながら一生懸命に話すマクモには、悪いことをしたと思う。
彼はアースを尊敬していた。
アースに救われたと何度も口にして、それからアンジェに何度も謝った。
彼を連れて来られなかったことを何度も謝った。
アンジェが謝られるようなことは何もない。
アンジェは一緒に行かなかった。
行けなかった。
天選(マスターピース)ではない、勿論天手(マキシ)も使えない、戦うこともできない、ただの一般人である自分は足手纏いだと決めつけて逃げた。
恐怖から逃げて、アースに押し付けたのだ。
全部背負わせた。
アンジェの世界にも関わることだったのに、だ。
「アース」
唇から零れ落ちた彼の名前は空気に溶けた。
そのままこの気持ちも消えてしまうのではないかと不安になり、世界が歪む。
簡単に消さないでと『神様』に願う。
せめて罪は背負わせて欲しい。
***
「アース!」
凄腕の仕立屋がいると噂が流れ、暫く滞在するらしいという情報を得て、依頼して、世間話をして、少しだけ仲良くなった。
「アース、いるんでしょ?」
彼が滞在場所に選んだ宿の扉を強引に開けた。
鍵を掛けないなんて物騒だ。
鍵を掛けなくとも自分の身を守ることができるという力を誇示しているのか。
はっきり言って不愉快だ。
アンジェは膨らんでいるベッドに近づき、布団をはぎ取った。
「……おはよう、アース」
「ん? ああ、アンジェか。おはよう」
「そのリアクション、相変わらず腹が立つ」
本気で分からないと視線が訴えるものだから、そっぽ向いた。
「早く着替えて降りてきて。今日は特別に朝食用意してあげたんだから」
「え? アンジェが?」
「どういう意味?」
「そんな怖い顔はその服に似合わない。笑っていればいいのに、勿体ない」
手にある布団を押し付けてからアンジェは部屋を出た。
いつか彼の口を塞ぎたいと思うのに、その声をその言葉を聞きたいと胸が急かす。
これは、恋愛感情なのだろうなと気づいたのは、彼の服を着た時だった。
落ち込んでいた心に羽が生え、夜空を飛んで行けるようなそんな不思議な感覚を味わった時だ。
彼の魔法に触れた瞬間に恋に落ちていた。
「……アンジェ?」
適当に着替えたアースが食堂に現れた。
こっちだと手招きし、彼の席へ案内する。
「……豪華、だね」
「愛情もたっぷりだから。多分、一年に一度の努力日」
一口食べたアースの顔が少年の様な笑みに染まった。
「こんなに美味しいんだから、一年に一度とか勿体ない。明日も明後日も食べたい」
「ば、馬鹿じゃないの!?」
「何が? 美味しいご飯は誰だって食べたいと思うけど? まあ、アンジェの愛情入りは簡単に誰かに渡せないけど」
朝から逃れられない熱に囚われる。
狙って言っているわけではないから、よけいに照れてしまう。
そして、何よりも嬉しい。
「もうすぐ発つって知ってるけど、時々私のこと思い出して」
「見送る態勢に入らなくても、一緒に行ったりしませんか?」
幸福モデルルームtitle:凱旋
(2016/09/16)