名前の無い星へ連れて行って


神葬の本拠地内をカツカツと音を立てて歩く。

まるでそれは不機嫌を表すように。

どんなにキツイ任務も大したことがないと言える自信がある彼女にしては珍しい態度だった。

それは態度だけではない。

普段きりっとした表情はムスッとしていて、子供のように頬を膨らませている。

拗ねているのか、不満が満タンまで溜まったのか、無縁に思えたストレスか。

原因は定かではないが、とにかくいつもと違う様子で杏樹は歩いていた。

そんな彼女を見た者たちはそっと壁に身を寄せ、道を開けた。

不自然にできた道を歩く彼女はさらに不機嫌なオーラをまき散らした。

このままだと隊の人間に何か被害が出るのではないかと誰かが心配し始めた時だった。

彼女を纏う空気がころりと姿を変えた。


「せーつー」

「何ですか、杏樹さん。真面目に仕事してください」

「真面目にやってますぅー」

「どう見てもそうは見えませんが?」


書類の束、おそらく報告書の類だと思うが、それを抱いた雪が溜め息を吐いた。

溜め息を吐いても可愛くて絵になる。


「雪って天使だよね」

「……は? ついに頭まで破壊されました? ご愁傷様です」

「雪の馬鹿。でも、好き」

「はいはい。僕は忙しいので、これで失礼します」

「そんなこと言わないで、もっと私に構ってよ」


雪は心底嫌そうな顔をした。

可愛い顔が台無しだ。

その頬をつついてやろうか。

きっと柔らかくて触り心地が良いに違いない。


「ほっぺ、貸して」

「……はあ?」


可愛らしい瞳が鋭さを増す。


「ほっぺ」

「お断りします。悪い予感しかしません」

「そんなことないよ。ほら」


強引に頬に触れてみた。

思っていたより柔らかい。

それにすべすべで触り心地抜群だ。

下手したら、杏樹の肌より綺麗かもしれない。

それは悔しい。


「雪の意地悪」

「その言葉は丸ごとお返ししたいところなんですが?」

「雪、いつもありがとね」

「……何が狙いですか」

「何で素直に受け取ってくれないかなぁ」

「自業自得です」


頬を膨らませ、それから勢いよくその空気を吐き出した。


「ねえ、雪」


そのタイミングで出動指令が入った。


「さーてと」


杏樹は手のひらで小型の銃を遊ばせる。

随分手に馴染んだそれは、自分の命を守るためのものではなく、相手の命を奪うもの。

ただの銃ではない。

杏樹は『ただの人間』ではないのだから。

きっと自分は戦うために、自分も含めて生死に触れるために生まれてきたのだろう。

それを嫌だと思うような可愛げはとうの昔に捨て去っている。

他人を殺して自分が生き残る。

そして、世界を見つめるのだ。


「雪、私、行ってくるね」

「……はい。不要だと思いますが、お気をつけて」

「元気充電完了。ありがとう」


死にに行くわけではない。

それなのに、何だかそんな気がした。

もう二度と戻ってこれないような。

雪と会うのも話をするのもこれが最後のような。


「……本当に死にに行くのかな」


ぽつりとこぼれ落ちた言葉を拾わない雪ではない。

その顔に驚きを浮かべていた。


「杏樹さん?」

「あ、ごめん。何弱気になってるんだろうね。私の腕と神葬があれば不安なんて1パーセントもないのに」

「何か不安でもあるんですか?」


杏樹は首を振る。


「雪、いつか一緒に出掛けようよ。何もかもを忘れて」

「……そうですね。すべてが終わった時にでも」

「約束ね」


小指は差し出さないでおく。

そんな約束に何の意味もない。

けれど、ここには確かな約束がある。


「行ってきます!」



名前の無い星へ連れて行って



title:icy



(2015/12/17)



| 目次 |
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -