泣いても笑っても最後には、手を繋いで帰ろう


耳飾りが風に揺らされ、小さな金属の旋律を奏でる。

決して不快なものではなく、子守歌に酷似したメロディーだと思う。

ふわりと睡魔に頭を掴まれたような気がした。

こんなところで寝たら風邪を引くし、下手したらそのままあの世行きだと嘲笑う。

笑えている。

アンジェは自身の頬に手をやった。

ぷにぷにの頬は最近引きつってばかりだ。

両頬を力いっぱい外側へ引っ張ってみた。


「……痛い」


じわじわひりひり痛むそこを撫でた。

『いつでも笑っていなさい』というのは、今はもうぼやけた輪郭しか思い出せないあの人のものだ。

その通りだと思う。

どんなにツラく苦しい時だって、笑っていたらきっと良い方向へ物事は転がる。

気持ちで負けてはいけない。

笑えるうちに笑っておくべきだ。


「こんなところにいたのか」

「ああ、死神さん」

「その呼び方はどうにかしろ」

「じゃあ、副長様?」

「……」

「不満なら、最初から言えばいいじゃない。名前で呼んでって」


あからさまに目を逸らされてしまった。

そして、盛大なため息一つ。

可愛げの無い反応だ。

彼に可愛げを与えたいとは思わないけれど。

うっかり少女らしいアイゼンを想像して、気分が悪くなった。

酷い食中りだ。


「よくわかった。アイゼンがアイゼンで良かった」

「……どんな姿を想像されたのか、知りたくないな」

「何なら、事細かに説明するわよ? 今ならまだ瞼に焼き付いているから」

「遠慮する。それより、今度の航海についてだが」


軽く流され真面目な空気を眼前に据えられた。

詰まらないと唇が形を作る。

アイゼンと二人きりの時間は貴重だ。

何もなく平和な、を頭につけておこう。

いつも何かしら邪魔の入る二人きりの時間。

真面目な話は別に二人きりでなくてもいいと思う。


「アイフリードさん、どこにいるんだろうね」

「まったくだ。こんなに迷惑をかけて、アンジェにも心配させて」

「意外と心配してないけどね」

「アンジェ」

「ホントよ。だって、アイフリードさんだもの。どこにいたって元気で……かどうかはわからないけど、上手くやってると思う。そう簡単に死にはしないって言ったのは、アイゼンでしょ」

「ああ」


船長であるアイフリードが姿を消してからどれほどの時間が経っただろう。

消失現場に残されたペンデュラムは彼の行き先を示してはくれない。

仲間たちの明るい雰囲気に随分助けられていると思うけれど、アイゼンの表情はいつもよりずっと厳しいままだ。

私に何ができるのだろうとアンジェは頭を悩ませていた。

アンジェが今気になるのは、アイフリードよりもアイゼンだ。


「アイゼン」


アンジェは名前を呼びながら、背伸びをした。

日焼けを知らない深窓の令嬢かとボケたくなる白い肌――頬に触れる。

触れる、というよりは思い切り引っ張った。


「何をする」

「元気が出るおまじない。そんな顔してると彼女に嫌われるよ?」

「そういうアンジェはわりと好かれているようだな」

「え? まだ会ったことないと思うんだけど」

「手紙に書いた。いつか紹介しろとうるさくてな」


返事が来たのかと頬が緩む。

彼女からの手紙はきっとアイゼンの力になる。


「よし! 船に戻ろう?」

「ああ」


彼女たちは間もなく出会う。

運命を、世界を、大きく動かす存在に。



泣いても笑っても最後には、手を繋いで帰ろう



title:残香



(2016/09/16)


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