死に際のプロポーズ


※クラトスルート故、超注意。



世界は生まれ変わろうとしているのかもしれない。

そんなことを流れる雲を見上げながら思う。

世界が生まれ変わるのなら、自分も生まれ変わりたいと思う。

そして、周りも変わって行けばいいのにと他人事に思う。

自分は誰かに影響を与えられる程大層な人間ではない。

世界を作る欠片の一つ。

それ以上でもそれ以下でもない。

一つなくなれば多少の問題が起きるかもしれない。

けれど、それは些細なことなのだ。

世界は誰が居ようと居なかろうと、何が起きようと起きまいと、そう変わらない。

大差なく永遠にたどり着くことのない未来への道を歩んで行くのだ。

世界が産声をあげようとしているこの瞬間、一つの答えが導き出されようとしていた。

目の前に立ち塞がる彼の姿を見たところで驚きもしなかったし、逆にそうかと納得してしまった。

彼が選んだ道を責めることも咎めることも説得することもできるはずがない。

彼は彼の人生を自らの手で選び、そしてアンジェたちも自身の人生を歩んで行く世界を自らの手で決めた。

たくさんの人がいる世界。

道を分かつことなんて一度や二度ではない。

今ここで二つの未来の形をぶつけるだけ。

アンジェは誰よりも早くゼロスに武器を向けた。

鈍い光を放ったような気がした。


「アンジェ!」


誰かが彼女の行為に戸惑うように名前を呼んだ。

彼女の耳はその声の主を正しく認識できないでいた。

動揺しないはずがない。

アンジェとゼロスの過ごした時間は簡単に割り切れるようなものではないのだから。

それでも、お互いが決めた未来の為には避けられない戦いだと悲鳴をあげる心で現実を受け入れた。

手のひらに汗が滲んで、剣を落としてしまいそうだ。

握り直して、一歩踏み出す。

彼女のソレを合図に仲間たちが戦闘態勢に入った。

術の詠唱、発動、武器のぶつかり合う金属音。

耳障りな音が不協和音で長い旋律を奏でる。

簡単に終わる戦闘では無い。

無表情な天使たちが鬱陶しく飛び回り、体力と集中力を奪っていく。

それでもアンジェが見据えるのはゼロスただ一人。

その道を譲ってもらわなければならない。

瞬きすることすら惜しいとでも言うように彼女は彼から視線を外す事は無かった。

長く続いた戦闘も呆気なく終わりを迎える。

幾つもの切り傷を体に作ったゼロスが膝を地に着けた。

そして、そのまま倒れた。

仲間たちの言葉がアンジェの耳の上を滑って行く。

何を言っているのか、まったくわからない。

自分は今何を考え、どのような顔をしているのだろう。

先を急ごうと仲間たちが通り過ぎて行く。

誰もアンジェを急かさなかった。


「ゼロス」


手遅れだと解る彼の傷を眺めながら、消え入るように名前を呼ぶ。

閉じていた瞳が開かれ、血の流れる口元がいつものように笑って見せた。


「ゼロス。貴方にとって、私はどういう存在だった? 仲間? それ以下?」

「アンジェ」


掠れた声で彼女の名前を呼んだ。

血が纏わりついた名前が罪に包まれたアンジェの体内に入っていく。

何て酷い毒だ。

胃が痙攣し、喉の奥が焼け付く。


「アンジェ」


ゼロスは先ほどまで剣を握っていた手をアンジェに伸ばす。

彼の血か仲間の血かわからない。

赤い雫が彼の手のひらにへばりついている。


「……なに?」


掠れた子どもっぽい声がこぼれた。

ゼロスの顔に儚い微笑が浮かぶ。


「愛してるぜ、永遠に」


呪いの言葉だと嘲笑ってしまいそうになった。

笑い飛ばしそうになった。

けれど、彼女の口から飛び出した言葉は……。


「私も愛してる。貴方のこと、愛してる。ずっと」


ゼロスは彼女の言葉を幸せそうに受け取った。

厭味の無い優しい笑顔だった。


「……レス、のこと、頼む、な?」


途切れ途切れの彼の言葉はきっと唯一の心残りだろう。

そのすべてを受け止められないけれど、彼の望みを叶えたいと素直に思う。

出来る限りのことはしたい。


「うん。私に出来ることなんて限られていると思うけど、彼女のために出来ることは全部したい」

「ありがとな、アンジェ」


笑う。

儚く今にも消えてしまいそうな笑顔で。

実際、もう間もなく消えてしまうのだろう。

ゼロスとの時間が、すべてが、終わってしまう。


「アンジェ」


知らぬうちに泣いていた彼女を自分へと呼び寄せた。

顔を近づけたアンジェにゼロスは血まみれの息を吐く。

血色の紅を差した唇がアンジェに触れた。


「もしも……違う、選択肢が、あった……なら、アンジェと、生きて、未来を、作ってみたかった……ぜ……」

「……今からでも、遅くないって言ったら、どうする?」

「アンジェと、家族に、なりたい」


彼女の返事は目を閉じた彼に届いただろうか。



死に際のプロポーズ



title:icy



(2016/08/15)


| 目次 |
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -