ミルクティーと少女の消失
冷たくなった指先を温めながら、ユーリは彼女が待つ部屋に帰ってきた。
「ただいま」
ノックと共にそう声をかける。
返事がない。
どこかにでかけたのだろうか。
そう思いながらノブを回すと簡単に開いた。
相変わらず不用心だ。
「アンジェ、いるなら返事しろよ」
やはり返事がない。
家の鍵を開けたまま出かける、ということは今まで何度もあった。
今日もそんなところだろうか。
仕方がないとため息を一つこぼして、足を踏み入れた。
甘い花の香りがする。
視線を左右に向ければ、昨日までにはなかった白い花が花瓶に生けられていた。
わりと存在感のある花だった。
無意識のうちに近づき、一輪持ち上げた。
芳香が強くなる。
何故かざわつくココロ。
強い吐き気が彼を襲った。
眩暈を起こす体を支え、ゆっくりと呼吸を繰り返した。
力の入った手はその花の茎を握り潰していた。
軸を失い、花弁が数枚落ちた。
何だか不吉の象徴に思え、治まった吐き気が顔を出す。
花の次に目に入ったのは、一枚の紙。
テーブルの上に置かれた紙。
乱れた文字が並んでいる。
アンジェの字だ。
『ユーリ。私が貴方の枷になるなら、ここでサヨナラしたいと思います。今までありがとう。あたたかい思い出を抱いて、ここから旅立ちます。アンジェ』
どこへ?
最初に浮かんだのはそんな疑問で次に彼女が行きそうな場所を脳内検索する。
そして、いくつかピックアップされた場所へ急ごうとした時だった。
テーブルに腕をぶつけ、カップの中身をこぼしてしまった。
冷めきっている甘ったるげなミルクティーがテーブルクロスを汚した。
ぽたぽたと床に落ちるソレから目が離せずに見つめてしまった。
(いつアンジェがオレの枷になった。アンジェがいてくれたから、オレは……)
彼女に伝えたい思いも言葉もたくさんある。
こんな別れ方なんて最悪だ。
部屋を飛び出す。
幻影の彼女の背中を追って。
***
「ユーリ、気づいたかな」
賑やかな人通りの多い通りでアンジェは呟く。
彼女が残した手紙はすべて本心だった。
でも嘘もほんの少し隠していた。
それに気づいただろうか。
ホントウはずっと一緒にいたい。
離れたくない。
離れないでと泣き喚いてしまうほどに。
自分は依存しきっている。
そんな自分が怖い。
彼がいなくなったら、きっと生きられない。
そんなみっともない自分は嫌だ。
同じように立って歩きたい。
支えてもらって守ってもらって面倒をみてもらって、そんな生き方はごめんだ。
対等でいたいというのは高望みかもしれないけれど、彼と一緒にいるために必要な条件だと思っていた。
「さようなら、今までの私。できるなら、新しい私とまた出会ってね、ユーリ」
帝都は受け止める、彼女の呟きを。
新たな出発に相応しい天気だと空を見上げる。
輝く結界魔導器(シルトブラスティア)に誓った。
ミルクティーと少女の消失title:icy
(2016/03/30)