僕らは何かを残そうとして
そっと彼女の首筋に触れた。
痛みに顔を歪めるアンジェをフレンは厳しい顔で見ていた。
そして深い溜め息一つ。
大きな雷が落ちるのを待ち構えるのはなかなか勇気がいると違う方向へ思考を飛ばしていた。
「アンジェ」
絞り出すような声だった。
それに返事をしたアンジェの声は掠れていた。
「わかっていると思うけど、君が繰り返す限り、僕は何度でも同じことを言うよ?」
「……それって疲れない?」
「アンジェのためだから、そんなこと思わないよ」
儚い微笑は闇に溶けてしまいそうだった。
そんな顔をさせているのはアンジェだ。
首筋の痛みよりも心臓が痛んだ。
フレンの重荷にはなりたくなくて、彼が背負う多くの物を少しでも減らせたらと思っているだけなのに、現実は何故こうも上手くいかないのだろう。
「ねえ、フレン」
「ん?」
彼女の首筋に指で触れたまま彼は顔を上げた。
視線が交じり合う。
二人きりでこんなに近い距離にいるのに、二人の関係はただの仲間だ。
甘ったるい空気なんて微塵も存在しない。
「聖なる活力、ファーストエイド」
いつもより優しい声がアンジェの傷を癒した。
痛々しい赤い筋は消えてしまった。
フレンが自らの意思で消した。
彼女の肌に残る痛みなど消えてしまえばいいと思うのに、何故か心はざわめいた。
「ありがとう、フレン」
逃げるようにアンジェは距離を取った。
その距離をそのままに、むしろ更に広げるようにフレンはそこに立ち、空を見上げた。
「戦わせて、私に。私はできる。その星喰みにだって負けないように戦える」
アンジェは生き急いでいた。
自分の命の限界が見えたような気になっていた。
実際、自分の命の先なんて簡単に見えない。
誰かの命の最後なんて簡単に見えない。
それなのに、何故だろう。
二人はそれが見えているような気がしていた。
言葉に表したことはないけれど。
「アンジェ」
「フレン」
二人は微笑にもならない表情で真っ直ぐに見つめ合った。
そして、ゆっくりと距離を埋める。
自分たちが生きた証はどのように遺せるのだろう。
その一つの答えがふわりと曖昧な輪郭を得た。
それを彼に伝えて拒否されないだろうか。
困ったように笑って受け入れてくれるだろうか。
そこに不安などない。
アンジェは精一杯の笑顔を浮かべた。
きっとフレンは下手だと笑うだろう。
それでも、伝えるにはきっと笑顔が良く似合うだろうから。
僕らは何かを残そうとしてtitle:icy
(2016/08/31)