死にたがりの涙


両手首には包帯。

首筋にも仰々しい包帯。

自らの命を軽視する少女は治癒の力を使われることを頑なに拒んでいた。

自分の体に生きている証を刻むようにその行為を行っていた。

それを微笑ましく見守れるヤツなどいない。

仲間たちは皆心配そうに眺めている。

いくつもの注意忠告を彼女は聞き流していた。

だから、仲間たちは何かを口にするのを諦めたのかもしれない。

ただ彼女の体にこれ以上傷を作らないように気を張っている。

そんな風に思えた。

そんな空気に溜め息を吐いたミクリオは若干の距離を置かれているアンジェに近づいた。

世間話から入る必要なんてない。

開口一番ストレートに一言。


「アンジェ。そんなことを繰り返して何になる」

「何……? 何かを求めてしているわけではないから、その質問に答えるのは難しいわ」

「アンジェ」

「何よ。そんなに怖い顔をしないで、ミクリオ」


アンジェは左手首の包帯に愛しそうに触れた。

そっと撫でるその指は病人のように白く細かった。

無意識に眉を顰めてしまう程に、彼女は生から遠ざかっていると感じざるを得なかった。

死をこんなにも感じ取ってしまっているミクリオの前で彼女は微笑んで見せた。

何でもないかのように。


「私は、生きていきたいの。ミクリオやスレイやアリーシャ殿下、それから……」


『それから』を何度も繰り返す。

その言葉に続く言葉が彼女を今に繋いでいるものだ。

それがなければ、とっくに居なくなっているかもしれない。

アンジェ愛用の短刀でその首を掻き切っているだろう。

嫌な想像図にミクリオは奥歯を噛み締めた。

そんな未来は何が何でも止めてみせる。


「アンジェ。僕が傍にいるから。君の気持ちを言葉に変えてくれ」

「……何でも言葉にしているつもりだけれど?」

「君の言葉(ホンネ)はその傷跡だろう?」


そっと鋭くした視線にアンジェは肩を震わせた。

その理由は図星だったからだろう。

包帯を隠せるはずなんてない。

あちらこちらを服や手で隠せていないのだから、当然だ。

ミクリオはアンジェの手首を必要以上に強く握った。

痛みを感じたアンジェが小さな悲鳴をあげる。

その声は彼女が今此処に居るという証。

それ以上に彼女の存在を感じたいと思う。

ミクリオは自分でも驚くくらいアンジェに近づいていた。


「ちょっと、ミクリオ!?」

「アンジェって血や消毒液の匂いがしそうなイメージだったけど、甘い香りがするんだね」

「何真面目な声でそんなことっ……!」


人形のような顔が形を崩す。

年頃の女の子の様なリアクション。

アンジェは今、ミクリオの目の前で生きている。

彼女の存在を消させやしない。

掴んでいた彼女の手首に唇を寄せる。


「ミクリオ、何して――!」

「……君は生きたいって望んでいるよ。そんなに死の淵に立たなくても、アンジェは失った人を忘れたりしない」

「!!」

「誰も君を恨んだりしていない。だから、幸せを感じて生きていいんだ」


ぽろり、ぽろり、とこぼれたアンジェの涙は真珠のようだった。



死にたがりの涙



title:icy



(2016/08/07)


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