少し未来の話をしよう


※原作重視故悲恋?



時々怖くなるのだ。

そこにあるのは、絶対的な未来の形。

覆されることのない確実な現実。


「どうしたんだ、アンジェ?」


柔らかい声が彼女の名前を呼ぶ。

愛しく思える程に恋い焦がれる声。

彼女が返事をしないから、彼は何度も名前を呼んだ。


「何を拗ねているのか分からないが、いい加減返事をしたらどうなんだ?」


短い溜め息一つとそんな言葉。

ここで漸く彼女は口を開いた。


「ねえ、ルドガー」

「ん?」

「ルドガーがルドガーじゃなければ良かったのに」


思わず眉を顰めてしまうような言葉だった。

無意識に心の奥底の本音が零れてしまった。

それを後悔しないが、予想通りにルドガーが眉を顰めたためチクリと心に柔らかい棘が刺さった。


「俺が俺じゃなかったら、俺は誰なんだ?」

「……ルドガー」

「ほら、俺は俺だ」

「……」

「何を迷っている。何がアンジェの表情を曇らせている?」


そんな問いかけに答えられるはずがない。

素直な言葉はきっと彼女も彼も傷つける。

そんな自分は大嫌いだ。

嫌われるより先に自分が嫌ってしまう。

嫌になった自分は仲間という関係すら捨ててしまうだろう。

弱いから逃げてしまうのだ。

そんな自分はやはり嫌いだった。


「……私は、足手まといではない?」


それは当たらずとも遠からずと言った質問だった。


「どこが? こんなに頼れる存在なのに?」

「ホント?」


ルドガーが嘘を言うはずないのに、つい確認してしまう。

胸に巣食う不安の根っこは深い。


「俺は今、アンジェを大切に思ってるけれど?」

「それは、仲間として、でしょ?」

「……仲間以上、だよ」

「違う!」


大きな声は癇癪を起した子供のようなものだった。

泣き喚いているみたいで格好悪い。

体裁を気にする余裕など今のアンジェにはなかったけれど。


「違うよ、ルドガー……」


気づいて欲しい。

気づかないで欲しい。

傍にいて。

二度と会いたくない。

相反する感情がせめぎ合う。

もうすべて捨ててしまいたい。

全部忘れてしまいたい。

目には見えない神様に膝をついて祈りたくなった。


「アンジェ?」


声を大にして叫びたくなる時がある。

『私はルドガーを愛している』と。

そんな勇気はエルの前で儚く消え散ってしまう。

アンジェにはこの未来を覆す勇気も力もない。

それに、そこにある未来の形を嫌えないのだ。

好き、なのだ。

変えたくない。


「ルドガー、今はこのままでいい」

「ん?」

「今はこのままでいいから、手を繋がせて」


何を簡単なことを、そんなことを言う調子でルドガーは手を差し出した。

剣を、銃を、槌を握る大きな男の人の手。

アンジェとは違いすぎる大きな手。

未来を掴むために傷つける手。

それでも、優しくて暖かい手。


「そうだ、アンジェに聞いて欲しい話があったんだ」

「うん。どんな話?」


彼の体温に触れているせいか優しい声が出た。

こんなに穏やかになれるのだと驚いてしまう。

自分を好きになれるのは、きっとこんな瞬間なんだ。


「俺はカナンの地へ行く」

「うん」

「その時、アンジェも一緒にいて欲しい」

「……うん」


一瞬生まれた否定を飲み込んだ。

最後まで一緒にいたい。

許されるならその瞬間まで。


「アンジェ、自分を大事にしろよ?」

「わかってる。仲間の次にね」

「おい」


仲間の危機ならば自分の命さえ軽視してしまいそうな、今のアンジェ。

ルドガーはそれを心配してくれたのだが、今は聞き分け良くなれそうにない。

ルドガーのために自分を使うことを許してほしい。

叶わない未来の代わりにそれだけは許してほしかった。



少し未来の話をしよう



title:icy



(2015/09/15)


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