プールサイドでみつけた花びら


春色の風はまだ冷たくて、体を縮こまらせた。

暦の上ではもう間もなく春になる。

それなのに、まだまだ冬の姿は消えることがない。

寒さは体と共に心の体温すら奪っているような気がした。

隣に立つ凛も何かを話す気配がなく二人で沈黙を貪っていた。

それを無駄な時間だと思えないのは何故だろう。

大切に思う彼と一緒にいるから、だろうか。

理由はそれだけではないような気がした。


「凛、」


言葉を繋げるつもりだったけれど、それは綺麗に消えてしまった。

まるで淡雪のように。


「杏樹、言葉にしないとわからないことって結構あるよな」

「え、あ、うん。そう、だね……」


上手く返事ができなくて曖昧に笑って返す。

自分の心を誤魔化しているような気がした。

風の冷たい公園に人影は少ない。

世界に二人だけなのではないかという愚かな錯覚さえ覚えさせていた。


「杏樹。何か言いたいことあるだろ。さっさと言え。このままだと日が暮れる」

「……確かに」


ほんの少しでいいから時間を分けて欲しいと彼に頼んだのが数時間前。

待ち合わせてこの公園に足を踏み入れてもう半時間になるだろうか。

そろそろ言葉にしていい時間。

このチャンスを逃すと、この言葉は行き場を失ってしまうかもしれない。

ぎゅっと両手を握りしめた。


「凛、誕生日、おめでとう」

「おう」


一言のお祝いに一言の返事。

二人らしいと言えばそうだけれど、何だか寂しいところもある。

いきなり抱きつきでもしたら、何か面白いリアクションが見られるのだろうか。

そんな自分のキャラと違うことは死んでもできない。

恥ずかしすぎる。

そっと手を繋ぐことですら心臓が跳ね上がる。

どれだけ恋愛に臆病なのかわかってしまう。


「杏樹」


凛の声が彼女の名前を辿る。

耳が少しくすぐったい。


「何?」

「ちょっと付き合え」

「わあ、命令形」

「じゃあ、何て言えばいいんだよ」

「付き合ってください、お姫様?」

「……」

「……そんな凛気持ち悪いね」

「じゃあ言うな」


止めていた足を動かす彼に続き、杏樹も歩き出す。

ついてこいという背中に続く。

並んで歩くより、凛の背中を見ている方が落ち着くのは何故だろう。

追いかけているばかりいるから、だろうか。

たまには並んでもいいのだろうか。

歩幅を広げて隣に立ってみた。

違和感を覚えすぐに速度を落とす。

このまま背中を見ていようとしたら、凛に腕を掴まれた。

どうせなら、手を繋いでほしい。

すごくドキドキするけれど。


「何?」

「一緒に歩けばいいだろ。何遠慮してんだよ」

「遠慮とかじゃないよ。何て言えばいいんだろ。凛は……眩しすぎるから、かな」

「眩しい? お前も似たようなもんだろ」


何がどう似ているのか知りたい。

教えて欲しい……か、どうかはわからない。


「凛」

「ん?」

「凛、あのね」


二人を繋ぐのはお互いの手、そしてお互いを思う心。

幸せの欠片だよ。

そう呟いた声は彼に届いていただろうか。



プールサイドでみつけた花びら



title:icy



(2016/02/02)


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