わたしの赤い糸は切れないから
薬指に光るのは玩具の指輪。
どの指のサイズにも合うように重なる輪。
やけに大げさな石がついている。
あの当時はお姫様のようだと瞳を輝かせた記憶がある。
子どもの頃に凛からもらった彼女の宝物。
これからもずっと大切にしていくであろう宝物。
簡単に砕けてしまうものに執着しすぎかと思うのだが、大事にしたくて取っておきたくて、無くしたくない思い出なのだ。
たとえこの先、彼と距離ができてしまったとしても。この関係性が脆く崩れ去ってしまったとしても。
綺麗な思い出としておいておきたい。
自分はなんて弱いのだろうと自嘲した。
***
「凛?」
そっと壊れ物に触れるように名前を呼ぶ。
彼の名前を自信満々に呼べないのは何故だろう。
逃げ場所を作っているのだとしたら、それはとても失礼なことだと思う。
だから頭を振ってもう一度名前を呼ぶ。
「凛!」
「……聞こえているから、何度も呼ぶな。ていうか、叫ぶな」
怒られてしまった。
しゅんと落ち込む。
怒られたくて呼んだわけじゃない。
この距離を確かめたかったんだ、きっと。
自分の立ち位置を客観的に見たくて、調子に乗らないように――けれど自信を持って胸を張れるように。
「好きだよ、凛」
言葉にしなければ伝わらない、そう言うのならば何度だって愛の言葉を伝える。
言葉で伝わらないのならば、態度で示す。
彼のジャージの裾をそっと握る。
爪の色が変わってしまっているから、そっとではなくかなり強い力だ。
離したくない。
離れたくない。
口よりも随分素直だ。
そんな杏樹の態度で凛も感じ取っているだろう。
今にも溜め息を零しそうだった彼が、それを飲み込んで強い力のこもった杏樹の手に自分のソレを重ねてきた。
大きな手に包まれる。
あたたかい優しい手のひら。
「強いな、杏樹は」
「強い? そう、かな? 凛のために強くなりたいとは思うけど……」
「俺のために?」
「そう。私一人だとものすごく弱いよ。でもね、大切な……好きな人のためには、きっと強くなれると思う」
強くなりたい、そう願う。
隣に立って恥じなくていいように。
胸を張って誇れるような人間になりたい。
立派な人間になりたいと願う時はきっと、大切な人のために何かしたい時だ。
凛は杏樹の左手をとって目の高さまで持ち上げた。
もっと綺麗にしておけば良かったなんて後悔が頭の隅で動き回っている。
凛は彼女の薬指にそっと唇を寄せた。
キスと呼ぶにはあまりに拙いものだった。
「……凛?」
名前を呼ぶと、瞳を細められた。
ドキリと心臓が跳ね上がる。
喉を絞められているように呼吸が苦しい。
「凛、苦しい」
「もっと苦しんどけ。俺ばっか好きとか狡いだろ」
「私の方が何倍も好きなんだから」
「そうかよ。じゃあ、もっと態度に出しとけ、馬鹿」
「馬鹿とか言わなくてもいいでしょ!」
子どもみたいな言い合いが楽しくて、しばらくソレを楽しんでしまった。
色気とは程遠いけれど、これが彼女たちだ。
しばらく笑いあった後で、左薬指の付け根を掴まれる。
それは誓いの儀式に似ていた。
わたしの赤い糸は切れないからtitle:OTOGIUNION
(2016/03/31)