嘘も全部愛してほしい


自分が大嫌い。

他人に言ったことはないけれど、杏樹は自分が嫌いだった。

どこが嫌いかと問われたら、多分つらつらと言葉を並べてしまうと思う。

それくらいには自分を嫌っていた。

自分を嫌う自分が嫌いだった。

酷い悪循環。

状況が良くなることなんてないような気がしていた。

そんな環の中から抜け出したくて、逃げ出したくて……。

自分を悪く言う心の口なんて摘まんでしまいたい。

こぼれ落ちたのは重い溜め息だけ。

憂鬱を積み重ねて何になると言うのだろう。

嘲笑は掠れきっていた。


「杏樹?」


自分の名前が聞こえて、意識を浮上させる。

彼女が瞳に映したのは、長身のクラスメート。


「明日、空いてる? 一緒に出掛けたいなって思って……」


照れ笑いがよく似合う。

何を言っても腹が立つほどに爽やかだ。

数多の女の子にモテモテなのだろう。

捻くれた可愛げのない女になど構う必要はないと思う。

声をかけてくれて素直に嬉しいと思えない。

何か裏があるのではないかと疑ってしまう。

自分は騙されているのではないかと素直に受け取れない。

可愛くない、可愛くない、可愛くない。

そんな言葉がエンドレス。

耳が痛いくらいにエンドレス。

クレッシェンドでエンドレス。


「明日は無理。先約があるから」

「……そっか。じゃあ」

「ずっと無理」

「……」


泣いてしまいそうに眉尻を下げた。

そんな顔をしないでほしい。

杏樹が悪いみたいで心が痛む。

実際彼にそんな顔をさせているのは彼女だから、何とも言えない。


「真琴」

「ん?」

「私って嫌な女だよ? 真琴とは釣り合わないよ? それでも……いいの?」


嫌われたくないそれなのに、不安からそんな言葉が飛び出していた。

多分それは予防線。


「杏樹、これでも君のことは見ているんだよ? 釣り合うとか釣り合わないとかそんな話じゃない。俺は君が好きだよ」

「……」


欲しい言葉をぽんとくれる。

それは私を甘やかしているのではないかと、結局杏樹は不安になるのだが、それでも嬉しいと言う感情は本物。


「真琴」

「ん?」

「真琴」

「何?」


何度も何度も不安から逃れるように名前を呼ぶ。


「杏樹、聞こえてるよ? 君が呼びたいのなら、何度だって返事をするけれど」

「うん。呼びたい。真琴が離れていくのが怖いから」

「離れないよ。杏樹が離れたいって言ってもね」

「……ホントに?」

「信じられない?」


優しい声が少し拗ねた口調で言葉を紡ぐ。

信じられないことはない。

けれどこの世界には『絶対』なんてない。

明日には真琴は杏樹の顔を見たくないほど嫌いになっているかもしれない。


「信じてよ、俺のこと。杏樹を悲しませないって誓うから」

「……」


信じたい。

微笑んでありがとうって言いたい。

それでも心はあっちこっちに色々な言葉をぶつけていた。


「真琴、大嫌い」

「……うん」

「嘘。ホントは……好き……です」


消えそうな本音。

それを拾いあげてくれると『信じている』。


「杏樹、おいで」


わずかに唇を尖らせ、それから距離を埋めた。



嘘も全部愛してほしい



title:icy



(2015/12/16)


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