バットエンド・モーニング


ふわふわと頼りない思考回路が状況を認識しようとフル回転している。

一生懸命動いたところで情報が少なすぎる。

鳥の鳴き声が聞こえる。

目覚まし時計が不快ではない音を鳴らす。

朝なのは間違いない。

これが自分の部屋だったら、何一つ不自然なところはない。

いつも通りの朝だ。

自分の部屋でないから、こんなに大人しく取り乱しているのである。

とりあえず、寝よう。

杏樹が至った結論はそれだった。

これは夢に違いないから、一度寝て目を覚ませば、いつもの世界に戻っていると。

おやすみなさい、と布団を引き寄せる。


「……杏樹、取り敢えず起きろ」

「……はい」


現実逃避失敗。

もそもそと布団の中から起き上がる。

そのまま正座。

おはようございますと頭を下げた。

目の前の人物はそれにつられることなく、冷めたような視線を向けただけ。


「あの……遙、さん」

「……」


事情を説明してくれる様子はない。

さらっと部屋を出て行ってしまいそうな彼を止めようと、慌てて腕を伸ばす。


「……何だ?」

「えと、私、何かしましたか……?」

「何か? いや……?」

「はっきり聞くから、正直に答えて。私、何でここにいるの?」

「何で……? 覚えていないのか?」


覚えていないから聞いているのだと言いたかったが、そう強く出ることができず、小さく頷くだけに終わった。


「……そうか」


何故一瞬悲しそうな色を見せたのだろう。

それは気のせいかもしれない。

思い込みかもしれない。


「詳しい話は朝食の席でどうだ?」


反対する理由もなく、杏樹は頷いた。

どうやらご飯はごちそうしてくれる気らしい。


「朝はいつも何を食べているんだ?」

「え……。パンとかヨーグルトとか……?」

「……はあ」

「溜め息って何!?」

「何故、鯖を食べない……!」

「さ、鯖? 朝はご飯派じゃないから……かな」


そんな風に絶望しなくていいと思う。

鯖はおいしいし、体にもいい。

嫌いじゃないし、特別好きでもないけれど。

鯖を焼いてお味噌汁を入れてくれるなら、そんな朝食風景も素敵だと思う。

ストレートにそう言えば、遙は目を見開きそれから優しく笑った。

優しすぎて泣きたくなるような笑みだった。


「はる……」

「待っていろ。今用意するから」

「……え? 今から作ってくれるの?」

「朝食だからな」


遙は慣れた手つきでエプロンを身に纏った。

それからそう時間を置くことなく朝食の舞台が整った。

湯気を立ち上らせる和食はとても美味しそうで、杏樹は瞳を煌めかせた。


「冷めないうちに食べたらいい」

「うん。いただきます」


手を合わせ、お味噌汁を一口。


「おいしい……」

「そうか。それなら、良かった」


遙も食事を始める。

表情が変化しにくい彼の顔は嬉しそうに見えた。

それだけ鯖が好きなのだろう。


「それで、聞かせてもらっていい?」


食事も終盤に近づいた頃、杏樹はドキドキしながら切り出した。

箸を置いた遙の雰囲気は重い。

抜け落ちた記憶には何が記されているのだろう。

とんでもないことをした……とかだろうか。

大人がお酒で記憶を無くすような……。


「杏樹」

「はい」


強張った声が飛び出した。

そんな彼女の様子を見ると話をすることを憚れたのか。

遙は小さく息を吐き出して席を立った。


「遙」


遙はその手を杏樹の首に当てた。

力を入れられたら、間違いなく気管に影響が出るだろう。

怖い、とは感じなかった。

けれど、漠然とした不安がある。


「……遙」


かすれた声が空気を震わせた。


「もう少し抵抗したらどうだ? 死にたがりというわけではないだろう?」

「……驚きすぎて何も反応できなかっただけですけど?」

「……そうか。そう、だろうな」

「理由は聞かせてもらえる感じ?」

「杏樹が昨日のことを思い出せるなら」

「……」


それは難しい相談だ。

残念ながら、その記憶はすっぽりと抜け落ちている。

昨日の昼からの記憶がどうも家出中らしいから。

反抗期な記憶に唇を噛む。


「杏樹、いいことを教えてやる」

「ん?」

「真琴に会うと良い。きっと面白いものが見れる」

「? うん」


クエスチョンマークが乱舞する頭のまま頷いた。

遙の言葉を素直に実践した結果、昨日の出来事を赤面し狼狽えながら話す真琴を見ることができた。



バットエンド・モーニング


title:OTOGIUNION



(2015/12/13)


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