優しく翼を折る


青い空が眩しいくらいに輝いている。

思わずため息をこぼしてしまいそうになるほどに綺麗な空だった。

そっと手を伸ばす。

届かない空と分かっていても、こんなに恋い焦がれてしまう。

愛しい蒼をほんの一握りでも掴んでおきたいと思う。


「杏樹ちゃん」


背後から声がかかる。

驚かさないようにとわざと足音を立てて来てくれた。

その優しさが心にしみわたった。


「きすみん、久しぶり?」

「何故疑問形? 久しぶりってほどじゃないよね?」


数日前にも会ったし、と指を折って数えてくれた。

その指を見つめ、杏樹は微笑んだ。

鴫野貴澄。

杏樹は彼のことを親愛の意味を込めて『きすみん』と呼んでいる。


「それで、杏樹ちゃんはここで何をしてたの?」

「何……? 空、見てた」

「空?」


貴澄は杏樹に倣って空を見上げた。

蒼いキャンバスに純白色の雲が描かれている。

時の流れがゆっくりに感じた。


「綺麗な青空だね」

「だよね。ホントに綺麗」


空気に溶けてしまいそうな声で紡ぐ。

何故こんなに寂しそうな声が出たのかわからない。

そしてそれをスルーする貴澄ではない。


「杏樹ちゃん、寂しい?」

「……わからない」

「僕がいるのに?」


冗談めいてそんなことを言うものだから、思わず笑ってしまった。

酷いと拗ねて見せる貴澄が子どもっぽくて、さらに声が大きくなる。


「杏樹ちゃん、ほっぺ引っ張られたい?」

「それはちょっと嫌かな」

「ちょっと、なんだ」

「うん。ちょっと」


はっきり嫌だと言わない杏樹に貴澄は複雑そうな眼差しを送る。

本人には言わないけれど、杏樹は貴澄の手が好きだったから。


「ねえ。私は、空を飛べるかな?」

「……」

「私、空に包まれてみたい」


あの蒼に溺れてみたいと思うのだ。


「杏樹ちゃん」


背後から手が伸びてきて、視界を塞がれた。

頬と額に貴澄の手が触れている。

突然のことに驚いたけれど、その温度に嫌悪感はなく、素直に受け入れる。


「きすみん?」

「杏樹ちゃんは、空に渡さないよ」

「? どういう意味?」

「空よりここの方がいいと思わない?」

「そう、かな……?」

「うん。ここにいてもらわないと困る」

「困るってきすみんが? 何で?」

「何でだと思う?」


訊いているのは杏樹なのに、問いかけが返ってきた。

それは難しい問題で、悩んでしまう。

答えが見つからない。


「わからない」

「じゃあ、わからないままでいい」

「え? 教えてくれないの?」

「うん。自分で考えて?」


考えてわかるものなのだろうか。

今はまったくわからないのに。

貴澄は彼女の車椅子に触れ、そのままゆっくり押す。


「きすみん?」

「そろそろ戻ろうか。風邪ひくよ?」

「そんなにやわじゃないけど」

「帰るよ。帰りにココア買ってあげるから」

「……ミルクティーがいい」

「はいはい、お姫様」


お姫様なんてガラじゃないのに、そう言われて嫌な気はしない。

少し照れくさくて、少し嬉しい。


「一人で行けるよ、王子様?」

「一緒に行きたい僕の我が儘を許して、お姫様」


演技がかった二人の会話が面白い。

杏樹は素直に甘えることにした。

並んで歩くのは難しくても、一緒に歩くことはできるから。





可愛い僕の天使。


空になんか返してあげない。



優しく翼を折る



(2015/09/28)


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