涙で滲んだ空は永遠の青に変わるのだろう
大切な人を亡くした。
この手でずっと掴んでいたかった手を放してしまった。
後悔の波が次から次へと押し寄せて、言葉は何も出てこなかった。
苦しい、けれどそれは罰だった。
それは甘受すべき、罪。
永遠の鎖はこの体に絡みついたままだった。
***
木々が奏でる音に耳を澄ませる。
心地よい風が頬を撫でていく。
泣いてもいいよとでも言うような優しい風。
それがちょっと、ほんの少しだけツラい。
「アンジェ、こんなところで何をしているか聞いてもいいよね?」
「ミクリオ様……」
導師の力で見えるようになったのは、天族の姿。
今まで御伽噺のように思っていた存在がこんなにも近くにいたなんて驚かずにはいられなかった。
見ずにいたのだ。
何もかもから目を背けていた。
怖かったのだ。
現実を見つめることも過去を乗り越えることも。
「何をしていたの?」
「……自然を感じていたんです」
「自然?」
「自分が生かされているという現実を見つめ直したかったんです」
ミクリオはわずかに眉間に皺を寄せた。
それはアンジェが気づかないほどのものだった。
だから気にせずに言葉を続ける。
「私が自由にいられるのは、恵まれているのは、世界が呼吸をしているから。醜くとも人がいるから。ミクリオ様のような天族の方々がいらっしゃるから」
自分を卑下する言葉ばかりがアンジェの口から飛び出す。
そのことにミクリオは不快感を見せた。
「アンジェ」
「は、はい」
「僕はアンジェのこと、結構気に入っているんだけど?」
「え……? ありがとう、ございます」
「だから、そんなことばっかり言うアンジェは許せない」
「許せない……」
「そ。僕のお気に入りなアンジェをもっと大事にしてくれないかな。僕だけでは無理だから、君にも協力してもらいたいんだけど?」
柔らかく微笑んだミクリオは綺麗だと思った。
眩しいとも思った。
遠すぎる存在だと思い知らされた。
それが哀しい。それが嬉しい。
複雑な感情が嵐の夜の海のように荒れる。
「ミクリオ様。私を赦してください」
「赦す?」
「……心が壊れそうなんです。許されてはいけない。わかっています。だけど……」
縋りついてしまう。
そんな自分を必死に叱った。
そんなアンジェの心を知ってか知らずか、ミクリオはあやすように彼女を抱きしめた。
抱きしめるとは呼べないほど、優しく包んだだけ。
「僕に求めるのは間違っていると思うけど、それでアンジェの心が癒されるのなら、いくらだって望む言葉を吐くよ」
「ミクリオ様……!」
「だから、そんなに自分を責めたら駄目。わかる?」
こくりと一度頷く。
自分を責めて物事が解決するなら、世の中単純だ。
そんな単純な世界に生まれていない。
だから悩んでいるのだ。
「ミクリオ様、ありがとうございます」
「まだ何もしてないよ?」
「ミクリオ様がここにいてくださっていることに感謝したいんです。ありがとうございます」
「じゃあ、僕も感謝するよ。アンジェがここにいてくれることに」
ミクリオはアンジェを救おうとしている。
そのことが嬉しくて優しくて涙を流した。
涙で滲んだ空は永遠の青に変わるのだろうtitle:icy
(2015/11/27)