ハッピーエンド強要罪


風が涙をさらってしまえばいい。

風がすべてを消し去ってしまえばいい。

風が、風が……。


「呼び出しておいて何をしているんだ?」

「……アリーシャ」

「情けない声を出すな」


そう言った彼女は遠慮がちで下手な愛想笑いをしていた。

当然のようにディオの胸が痛む。

ディオは知らない。

アリーシャが背負っているもの。

見据えているもの。

抱いているもの。

それらすべてを知ろうとしなかった。

それは、ディオの罪だ。

今日は、そんな自分と決別するために彼女と約束した。

いざ本人を前にすると、言葉なんて簡単に消え去ってしまったけれど。

恐怖がいとも簡単に眼前に立ち塞がり、視線すら地面を転がった。


「ディオ?」


普段より柔らかい彼女の声音が不安で塞がる耳を撫でた。

返事より先に驚いてしまう。

あまりに優しい声だったから。


「アリーシャ……」

「こっちを向いてくれないと寂しい。……私らしくないか?」


落とされた声のトーンを慌てて拾う。

そんな風に思ってくれていたなんて知らなかったから。

ゆっくり息を吐き出してから、ディオは顔を上げた。

彼の瞳に映るのはいつもの……いや、いつもより『女の子』に見えるアリーシャだった。


「いや、どんな君も君だよ、アリーシャ」

「ああ。どんな時もディオはディオだからな。だから、救われている……」


段々小さくなっていく声はディオに届かなかった。

届いていたら、彼の心も高揚したものの。


「あの、アリーシャ」


握りしめた勇気。

見知らぬ神に祈る。どうか、彼女に届きますようにと。

いや、届けられますように、と。


「ん?」

「今まで、ごめん」

「ディオに謝られるようなことは何もないと思うのだが……。私は何かされたのか?」

「それは……」


自身の『罪』を告白する勇気はまだない。

黙り込んだディオを見て、アリーシャは何かを悟ったのだろう。


「まったく、君は……」


吐き出された息はやはり重く落ちていく。



(駄目だ。彼女にこんな顔をさせては。駄目なんだ。彼女は真っ直ぐに未来を見つめていないと。笑っていてくれないと)



「ディオ?」

「アリーシャ」


羽のように軽く名前を呼ぶ。

それは、彼女の気持ちを浮上させたいからであって、彼女の名前を軽々しい陳腐なものにしているわけではない。


「ん?」


ディオは真っ直ぐに手を持ち上げ、指先で示す。

その先を追ったアリーシャは首を傾げた。

まったく意味がわからない、そう問う彼女に今日一番の微笑みを向けた。


「アリーシャが見つめる先だ」

「……ディオ」

「無理な注文をしている自覚はある。だけど、アリーシャはずっと前を見ていてほしい。君が望むなら、俺は剣にでも盾にでも翼にもなる」


宝石のような彼女の瞳が大きく揺らいだ。

ちょっと気障すぎる台詞だったかとディオは自嘲する。

けれど、その言葉に嘘はない。本心だ。



風が涙をさらってしまえばいい。

風がすべてを消し去ってしまえばいい。

風が。


「随分他人任せだったな」

「ん? 何の話だ?」

「姫君には内緒の男の話」

「……」

「そんな目で見ることないだろ?」


二人は顔を見合わせ、そしてふきだした。


「面白いな、ディオは」

「君がそう思ってくれるなら、それも光栄だよ」


彼女が笑っていてくれたらいい。

彼女から涙を奪えたならいい。

自分が無力であることなんか百も承知だ。

それでも力になりたいと思っている。

この微力をすべて彼女のために使いたい。


「アリーシャ」

「ん?」


笑いすぎて涙を浮かべる彼女はなんと愛らしいのだろう。


「君はこの世界で幸せに生きろ」



ハッピーエンド強要罪



(2015/03/01)


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