3グラム先の未来恋愛


正面から向かい合えば、視線がぴたりと絡み合う。

身長差は数センチ。

間違いないように言うと、杏樹の方が数センチ低い。

もう少し伸びないかと牛乳を一生懸命飲んでいたりする。

今のところ、これといった効果は得られていないけれど。

そんな彼との待ち合わせをしていた。

約束の時間よりだいぶ早い時間。

彼を待たせたくなくて随分早く来るようになってしまった。

それはもうクセで、このところ彼より遅く来たことがない。

翔を待たせるのは嫌だった。

キラキラ輝いている彼を人の目にさらしたくない独占欲なのかもしれない。


「杏樹!」


人ごみの中でも聞こえる優しい声。

良く通る大好きな声。

喜びが体の外にまで飛び出しているけれど、素直に喜んでいる場合ではない。

彼はアイドルとしての一歩を踏み出した人。

たくさんのファンの声援に応えなければならない人。

つまり、ここでばれるのは禁止。


「翔! 黙れ!」

「会って第一声がそれかよ!? 俺、何かしたか?」

「何かする前に黙ってほしいの。ほら、お口は某ウサギ」

「……」


下唇をギュッと強く噛み、不満げな視線を痛々しく向けてくる。

確かに説明は必要だ。

翔のこんな顔を見たいわけではないのだから。

口を開くより先に彼の手を握る。

そして、歩き出す。

驚いた声が背中に飛んできた。


「杏樹!?」

「翔、静かに。ちょっとだけ、ね?」


走り出しそうな速度で一緒に歩く。

何故か心が軽くてこのまま羽のように飛んでしまう気がした。

ふわりふわりと頼りなく風に流されたなら、翔はこの手を離さずに掴んでいてくれるだろうか。

ちょっとだけ不安になり、つなぐ手に力を込めた。

二人が足を止めたのは、お気に入りの隠れ家的カフェ。

隠れていないなんてツッコミはこの際必要ない。

一番奥の席に座り注文をした。

運ばれてくるまでの時間。

翔の疑問に答える時間だ。


「杏樹」

「うん。わかってる。翔ってアイドルでしょ。だから」

「……何が『だから』だよ」

「たくさんのファンに囲まれたら、デートが台無しじゃない……」


消えていく言葉を拾った翔は一瞬顔を曇らせ、それから笑った。

アイドルの合格点には遠い翔らしい苦笑。


「杏樹、そんだけの人気者になれてから考えてくれよ」

「今だって人気者だと思うけど?」

「そうか?」

「そうなの」


友人たちの間で聞こえてくるようになっている。

芸能情報に興味を持つ年頃の女の子たちほど怖いものはないと思っていた。

一緒に未来への道を歩いていきたい。

それは贅沢な望みだとは思わない。

当たり前に抱く願いだと思っている。

好きな人と一緒にいたい、なんて誰だって願うことだろう。

けれど、同じ未来を夢みるのはきっと誰でも難しい。

同じ人間ではないのだから。

カフェでお茶をしてから、ウィンドウショッピングを楽しむ急ぎ足の二人のデート。

それを不満になんて思う余裕がないくらい幸せだった。


「心臓、大丈夫?」

「もう平気だって言っただろ?」

「……」

「そんな目で見るなって」


くしゃくしゃと髪をなでられた。これは絶対に酷い事になっていると恨めし気な視線を向けたが、そんな眩しい笑顔を見せられたら文句の一つも言えやしない。

頬を膨らませれば、魅力的な笑顔をまた一つ見せられた。

これがアイドルというものか。

一般人はアイドルに勝てない。

そんな法則を証明されてしまったような気がした。

悔しいと思いつつ、嬉しくなるのは何故だろう。

一緒に並んで歩いていきたい。

それを我が儘だなんて言わないで。

同じ歩幅は無理でも並んで歩きたい。

手を離さないでね、そう願う。


「翔」

「ん?」

「一番になってね」

「一番?」

「ST☆RISHでトップアイドル。みんなが……翔が輝くところを見たい」

「杏樹……」

「私はファン一号なんだから」

「ファンじゃなくて彼女だろ」

「ん、そうなんだけど……。やっぱりファンかな。『ST☆RISHの翔』に関しては。『来栖翔』に関して言えば、私は彼女だよ。そんな優秀な彼女じゃないけどね」


優秀な彼女とはどのような存在なのだろう。

お手本のような恋愛なんてできないけれど、杏樹は今の自分たちが好きだった。

翔も同じように今の二人が好きだった。

だから、一緒に歩いて行ける。

これから先も、ずっと……。



3グラム先の未来恋愛



(2015/11/21)


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