誰も知らない言葉を教えてあげる
*春歌≠夢主
*本編で彼女の名前が出てきます
*苦手な方は要注意!
*変換の都合上、藍は夢主を漢字で呼ぶ場合があります
行きつけのカフェで文庫本片手にのんびりとした休日を過ごす。
自分の世界に目一杯浸って、気がつけばいつの間にか日が暮れていて……。
なんてちょっと憧れていたが、まあ自分には似合わない。
コーヒーも紅茶も苦手なお子様舌だし。
杏樹は蜂蜜たっぷりのホットミルクに口をつけながら、いつも通りの休日を過ごしていた。
「杏樹、何考えてるの?」
またくだらないことをそんな言葉を言外に秘め、親友以上恋人未満の大人気アイドル美風藍がため息混じりに訊ねてきた。
「何? 理想の休日について?」
「何? ボクと一緒なのは不満なの? ああ、そう。じゃあ、出て行ってくれる?」
「……」
「何?」
杏樹はカップをテーブルに置いた。
わざとらしくちょっと音を立てて。
そして、ソファを叩く。
自分の隣に座れと促した。
藍は暫し考え、もう暫し考え、一度頷き座る。
「……かなり失礼なこと考えてたよね?」
「何の話? その被害妄想何とかした方がいいと思うよ?」
被害妄想で済めばいい。
済まないのが美風藍という人物なのだ。
「藍くん、一度ゆっくり話をしたいと思ってました」
「改めて何? ない頭使うと知恵熱出すよ? まあ、知恵熱っていうのはないらしいけど」
「どれだけバカにすれば気が済むの!!」
思わずテーブルに八つ当たりをするところだった。
自分の両手を痛める必要なんてどこにもない。
思いっきり息を吸い込み、すべて吐き出した。
「藍くん。そこそこ好きです」
「……」
「悪かったわね。はっきり言える程、私の心は打たれ強くないの」
「ふーん、ボクも結構好きだよ」
「両思イデスネ。ワー、嬉シイ」
何故こんな茶番劇を演じているのだろう。
時間の無駄だ。
それは藍も感じていたらしく、視線が上手く絡み合った。
「ちょっと待ってて」
「? いいけど、何?」
答えることなく、唇が笑みの形を作った。
何が起きるのだろうとちょっとしたドキドキワクワク。
「はい、どうぞ」
戻ってきた藍が差し出した白い大皿には、サンドウィッチが乗っていた。
見た目の色鮮やかさに心が躍る。
「藍くん、大好き」
「現金」
「何とでも」
手前のそれを手に取る。
そのままかぶりつく。
「美味しい! さっすが、藍くん。完璧だね!」
見た目を裏切ることなく杏樹の心を満たす。
今自分はかなり幸せだと満面の笑みを浮かべていた。
「杏樹の味覚は変わってるよね」
「味覚?」
かぶりついていたサンドウィッチから口を離す。
「うん。ハルカやトモチカと違う。ナツキとも違うし」
「……なっちゃんと同列に並べられるとかなり複雑なんだけど」
私は味覚音痴じゃないしと続ける。
その発言に対し、藍はわかりやすく眉を顰めた。
かなり文句を並べたそうな顔だったが、無視を決め込んだ。
「杏樹の味覚に付き合えるのボクくらいだよ?」
「そうかなあ」
「そうなの」
「それなら、ずっと付き合ってほしいかも」
「でしょ?」
どこか満足げに藍は微笑んだ。
それが嫌味に見えず、素直に嬉しかった。
「その代わり」
「その代わり?」
交換条件を出されると思っていなかった杏樹はびくりと肩を震わせた。
藍なら何を言い出しても不思議ではない。
どんな無理難題を押し付けられるかと身構えていた杏樹の頭に優しい手のひらが乗っかった。
「藍くん?」
「ボクの知らないこと、色々教えてよね」
「……うん。お役に立てるならいつまでも」
誰も知らない言葉を教えてあげるtitle:icy
(2015/09/05)