彼女は呼吸をせずに笑う


※死ネタ要注意!!



耳の奥に響いているのは、アイツの笑い声。

馬鹿みたいにどんなことでも笑っていたアイツの声。

俺は何故過去形で語っているんだ。アイツは今も隣で笑っているのに……。





「凛、何で寝るかなあ……」


目を閉じた世界で聞こえてきた不満げな声。

頬をぷにぷにとつつかれる。

丸い爪が少し痛い。


「凛。凛ちゃん、早く起きて。杏樹は寂しいよ?」


可愛子ぶるためか、わざと自分のことを名前で呼んでいる。

可愛くないと言ってやりたいが、このまま素直に目を開けるのもつまらない。

もう少し、杏樹の気配を音の世界で感じていたい。


「凛、起きてってば」


今度は軽く頬をつねってきた。

優しい指が頬をつまむ。

そのままぷにぷにと動かされた。

こんな風に好き勝手やらせる凛は珍しい。

それを杏樹は面白く思ったのだろう。

何やら動き出す気配。

クスクスと抑えきれない笑い声。


「内緒だからね」


誰に言っているのだろう。

何をしてくるのだろう。

杏樹が起こす行動一つ一つに心が躍る。

どんな些細なことも小さな刺激になる。


「悪戯してやる」


頬を膨らませた姿が想像できる。

しばらくためらう気配がして、その後で小さなキスを降らせてきた。


「お、御伽噺のお姫様の呪いはこうやって解くんだからね!」


誰に対する言い訳なのだろう。

いい加減起きて、杏樹と話をするのもいいかもしれない。

天気がいいなら外出して、雨が降っていたらベランダで外を眺めるのも悪くない。

杏樹と一緒なら、いつもと景色が変わって見えるのだ。

馬鹿みたいに彼女が大切なんだ。


「凛、そろそろ満足したでしょ。早く起きてくれないと、私浮気するよ」


そんな度胸ないくせに。

自慢ではないが、凛は彼女に愛されている自信があった。


「ほら、凛」


本気で起こす気になったらしく、強めに体を揺すってきた。

そろそろ起きて構いたい。

思い切り甘やかしてやりたい。

きっと猫のように甘えてくるだろう。

目を開けようとした時だった。


「凛、バイバイ」


意識を現実に掴まれた。

痛いくらいの勢いで叩き起こされる。


「! お兄ちゃん。びっくりした……」


そこにいたのは、妹の江だった。

真っ赤な瞳が大きく開かれている。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


大丈夫じゃないよね?

そんな確認をとるように、訊ねてきた。

飛び起きたからそう聞いているわけではないだろう。

段々と現実が体に溶け込んできた。

寒気がする。

頭がガンガンと痛みを訴える。


「お兄ちゃん……!」

「行かねえと」

「どこ……っ!」


江は言葉の途中で唇を噛んだ。

無駄な質問だと思ったからだ。

掴んだ手を放す。

凛の行くところは決まっている。

その先にどんな現実があろうと彼は受け入れなければならない。

見送らなければならない。

現実を見つめようとする兄の姿を。

何度も通った道を走る。

ペース配分なんて無視した全力疾走。

呼吸を乱しに来るのは、運命の悪戯のようなモノ。

運命と呼ぶならば、すべてはソレに支配されているのだろうか。

凛は頭を振る。

幸せを目一杯自分の中に閉じ込めておきたい。

いや、閉鎖された空間じゃ生きていけない。

幸せを共有したかった。

どんな些細なことでも構わない。

ただ当たり前を感じてのんびり生きていたかった。

たどり着いた目的地。

そこに飾られている写真。


「笑ったままかよ……」


どんな時も笑っていたい。

ツラくても、苛立っても、悲しくても、笑っていたいというのは杏樹の口癖だった。

誰の記憶の中にでも、笑顔で映っていたいと彼女は言っていた。

それはすごいことだと思う。

尊敬だってできた。

けれど、今は……。

その笑顔が憎らしい。

笑ってなくていい。

ふてくされていていい。

いくらだって文句を聞いてやる。

だから。

だから……。

一緒に生きていきたかった。

隣にいてほしかった。

望むのはただそれだけだった。



彼女は呼吸をせずに笑う



title:icy



(2015/09/24)


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