優しいだけの愛ならば撃ち落として


潮風と人々の賑やかな声。

毎日がお祭りみたいなここ、闘技場都市・ノードポリカ。

デズエール大陸最東端に位置し、戦士の殿堂(パレストラーレ)が治める町。

相変わらずの楽しそうな雰囲気にアンジェは笑みを浮かべた。


「おう、騎士様」

「あら、騎士様、いらっしゃい」


口ぐちに彼らを迎え入れる言葉が飛び交う。

騎士とギルド。

対立していた彼らも今はわりと落ち着いた関係だったりする。

それともここは特別なのかもしれない。


「アンジェ、そこに立っていたら、僕たちが進めないんだけど?」


柔らかい注意を受けて、慌ててその場をどいた。

優しい青い瞳と共に鋭い副官さんの瞳を受けた。


「隊長、何故彼女を?」

「アンジェは僕たちの幼なじみなんだ。色んな世界を見せたくて」

「公私混同」

「……それを言われるとツラいな」


苦笑すら爽やかだ。

フレンはアンジェに甘い。

それは周知の事実だった。

副官の彼女も口をはさめない部分。


「……では、私は確認に行ってきます。隊長は彼女を」


どうしろと言わないが、言いたくなかったのかもしれないが、それだけ言って彼女は数人の騎士と共にその場を離れた。


「さてと。アンジェは何かしたいことあるかい?」

「え? したいこと? 特には」


フレンは少し残念そうに眉尻を下げた。

船に乗るという話を聞いて思わずついてきてしまったが、目的があったわけではない。

たまには潮風を感じたかったのだ。

任務中のフレンを利用するのは少々申し訳ないと思ったけれど。


「たまにね、世界に飛び出したくなるのよ。ずっと同じ場所にいると、自分の世界を狭めてしまう気がして」

「アンジェ……」

「我が儘で自分勝手なのは、わかってるつもり。フレンにも迷惑をかけているものね」


ぽんぽんと優しく頭を叩く大きな手。

落ちていた視線を上げる。


「アンジェが自分を出すようになって、僕もユーリたちも嬉しく思っているんだよ?」

「え?」

「昔から我慢ばかり。欲しいものもしたいことも全部自分の殻に閉じ込めるんだから、不安だった」

「フレン……」

「だから、できる限り君の願いは全部叶えてあげたいんだ」

「……過保護。甘やかしすぎ。バカ。ありがとう」


色々言ったアンジェにフレンは苦笑し、頷いた。

アンジェは一歩その場所から前に進んだ。

色んな匂いがする、色んな音が聞こえる、色んなものが見える。


「フレン、お付き合いお願いします」

「君が望むならどこまでも」


繋いだ手を放したくなかった。



***



空はすっかり夜の色。

風もひんやりとしている。


「フレン」


花火にかき消されてしまいそうな小さな声。

その声をきちんと拾ってくれるのが、彼だ。


「何だい、アンジェ」

「ちょっと話がしたい」

「うん。どうぞ」


ちゃんと聞いているから、そう優しげな表情が語っている。

それがありがたくて、アンジェはふわりと笑った。

その微笑はフレンにはアンジェが消える前兆のようなものに映った。


「嫌いになっていいよ?」


アンジェは彼を縛りつけたいわけじゃない。

フレンは自由な風であってほしい。

人々を守る空であってほしい。

けれど、無理はしないでほしい。

それから、それから。

フレンに望むことが多すぎる。

どんどん我が儘になっていく。

たくさん望んでしまう。

そんな自分がちょっと嫌いだった。


「アンジェ」


肩をそっと抱き寄せられた。

大きく跳ねた心臓。

驚きがわかりやすく体外に現れた。

そのことにさらに驚いた。


「フレン、ちょっと……」


金色の髪が頬に触れて痛くてくすぐったい。

それより何より……。


「フレンってば」

「アンジェ」

「聞こえてるから、耳元で名前を呼ばないで?」


くすぐったくて恥ずかしくて。

アンジェは彼から逃れるように身を捩った。

けれどフレンは簡単に逃してくれない。


「フレンの意地悪」

「意地悪はどっちだか」


優しい笑い声がゼロの距離で届く。

何だかすべてを許せてしまうくらい心が穏やかになっていた。


「フレンはずるいよ」

「ん?」

「何でもない。好きだけど、嫌いって話」

「何の話?」

「フレンには内緒の話」


これは守りたい愛の形。

傍にいたいと本心から願えるのだから。



優しいだけの愛ならば撃ち落として



title:OTOGIUNION



(2015/09/25)


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