僕を愛さなくて良かったのだ


※捏造注意



草を、木々を、自然の匂いを揺らす穏やかな風は、ここにも届いていた。

僅かな眠気を欠伸一つで追い出し、ディオは目的地へと足を向けた。

隙を見せない執事がその扉の門番であるかのように立っていた。


「おはようございます」

「おはようございます、ディオ様」


お手本のようなお辞儀をぎこちない動きで受ける。


「セレス様のご様子はどうですか?」

「一昨日、ゼロス様がこちらを訪ねて来られました」

「ゼロス様が?」


彼女の兄君であり、テセアラの神子様であるゼロス・ワイルダーの名前が飛び出したことに少なからず驚いた。

パッと見は仲の悪い、本当はお互いを想い会う兄妹。

世間様の目を意識してあまりここに来ないゼロスが来た事、それはどんな意味があるのだろう。

燃えるような赤い髪を思い出し、ディオは無意識に唇を噛み締めていた。


「ディオ様は苦手でしたか?」

「……いいえ。それより、失礼します」

「はい、どうぞ」


迎え入れられてディオは階段を上る。


「セレス様」


遠慮がちに名前を呼ぶも返事がない。

彼女がここにいないことは『ありえない』。

ディオはもう一度名前を呼んだ。


「セレス様」

「……聞こえていますわ。さっさと入ってきてはいかが?」


可愛げのない声に招かれてディオは足を踏み入れる。

甘い花の香りが鼻孔をくすぐる。

咄嗟にその匂いの元を探れば、シンプルな白い花瓶に溢れんばかりに赤い花が飾られていた。

その赤は神子様を暗示させる。


「ディオはそんなに花がお好きですか?」

幼い声が幼い仕草つきで彼を迎えた。

……いや、幼い幼い連呼してはレディーに失礼だ。

セレス・ワイルダーは立派な淑女だ。


「いや。普通、ですね」


そこまで花に興味はないし、詳しくもない。

その赤が彼を連想させるから、凝視してしまっていたに過ぎない。


「セレス様、ご機嫌如何ですか?」

「体調はそう悪くありません」

「そうですか。良かったです。ではお手を貸して頂けますか?」


ディオは医者ではない。

医者の真似事なら数年しているが。

……決して、闇医者ではない。

彼はただの『旅人』だ。

自由な風のように生きる放浪者だ。


「ディオ」

「はい?」

「ディオに聞きたいことがあります」

「兄君のことですか?」

「みっ、神子さまは関係ありませんわっ!」


ちょっと茶化すつもりだったが、機嫌を損ねてしまっただろうか。

無意識に彼女と距離をとる。

そのくせ、近づきたがる。

矛盾する感情なんて誰だって持っている。

けれど、ディオはそれを激しく嫌悪していた。

とてつもなく自分が嫌いだった。


「セレス様」

「何ですか? もう闘技場には行きませんわ」


さすがに反省しているらしく、そう言ってそっぽ向いた。

確かにアレには驚いた。

驚いたと同時に嬉しくなった。

ただ運命の鎖に繋がれたままの悲劇のお姫様で終わらせないという彼女の意思が見えたような気がしたから。

もっとも、セレスはただ『神子様』が気になっただけかもしれないが。

それでも、ディオは嬉しかった。

いつまでも、そんな彼女でいて欲しかった。


「では今日はこれで。……さようなら」

「まるで永遠の別れのよう。そんな雰囲気はごめんですわ」

「そうですね。でも、さようなら」


今は笑顔を作れる自信がない。

涙なんて見せたくない。

不自然な表情でもいい。

今はただ綺麗なさよならを望む。

背を向けて一歩踏み出そうとしたところをセレスの小さな手に阻まれた。

服を掴まれている。


「……セレス様?」

「ち、違いますわ。これは……これは、そう。ディオの服に虫がついていたので、その、取って差し上げようかと……」


下手な言い訳が愛らしい。

頬が緩む。

愛しい感情が素直に表に出てきた。


「ありがとうございます、セレス様。けれど、貴女の手を汚すわけにはいきません。大丈夫ですよ」

「ディオ……」


駄々をこねる子どものような声。

お別れにはまだ早いかもしれない。

けれど、これがちょうどいい。

これ以上彼女の傍にはいられない。


「さようなら、愛しいお姫様」


最後の願いを叶えると言わんばかりに、ディオはセレスの手の甲に唇を落とした。



僕を愛さなくて良かったのだ



title:icy



(2015/09/13)


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