シュガーコーティングされた思い出なんて


「じゃあ、約束ね!」


嬉しくてたまらないと言った笑顔で小指を出すのは、幼き日の杏樹。


「わかった。約束」


もったいぶって小指を絡めたのは、幼き日の宗介。

指切りげんまん、ちょっとずれた調子で杏樹は歌う。

下手だと笑う宗介に文句を並べる杏樹。

二人の笑い声が重なり合い旋律を奏でる。

それは多分、その頃一番好きだったウタだった。



***



「宗介、久しぶり」

「おう」


再会に心臓が嬉しい悲鳴を上げたのは、きっと杏樹だけ。

平静を装ったところで、ポーカーフェイスなんて出来やしない。

杏樹は嘆息し、満面の笑みに変えた。


「ホント久しぶり。会いたかったよ」


素直な言葉を並べる方が杏樹らしい。

下手なウソよりきっと伝わる。


「……だな」


言葉が少ないのは何故だろう。

同じように嬉しいから?

面倒くさくて適当に躱そうとしているから?

ぽろりぽろり。

高3にもなって人前で涙を流すとは思わなかった。

自分で止められるような感情ではないのだ。


「お、おい、杏樹」

「宗介の馬鹿!」


捨て台詞一つでこの場を去ろうとしたのに、簡単に捕まってしまった。

掴まれた左手に心臓があるかのように、ドキドキしている。

いっそ捕まえずに放っておいてほしかった。

急に恥ずかしくなったのだ。

こんな小さな子どもみたいな自分が。


「杏樹」

「宗介の馬鹿バカばか」

「はいはい。俺は馬鹿だよ」


そんな風に宥めないでほしい。

大人ぶって、距離を引かれているとまざまざと見せつけられている。

下唇を噛んで、ドロドロとした吐き気を抑える。

涙も止めようと地面を睨みつける。

今の自分は可愛くない顔をしている。

だから、ここから逃がしてほしい。

いなくなりたい。

消えたい。


「杏樹」

「……」


口を開けば嫌な言葉が飛び出してしまいそうで、黙ったまま。

何も言いたくない。

それは……。


「杏樹」


ため息と同時に名前を呼ばれた。

居心地の悪い空気だけれど、これを動かすのは杏樹だ。

彼女が口を開かなければ何も変わらない。

縫い付けてしまったような唇を持ち上げる。


「覚えてる? あの日の約束」

「忘れたら、はりせんぼん、だろ」

「一応まち針を千本用意したのに」

「……」

「嘘。百本くらいだよ?」


宗介は微妙な表情をしていた。

頬が引きつっているようにも見える。

大きくなっても、宗介は宗介なのだ。

見た目が変わったところで、他人じゃない。

大好きだった宗介だ。


「……馬鹿って言ってごめん」

「大丈夫だ」

「何回も言ってごめんね」

「杏樹だから、大丈夫だ」

「甘いね」

「それは違うだろ」

「?」


大きな手が杏樹の頭を撫でる。

遠慮せずにわしゃわしゃと。

完全に乱れてしまった頭に手をやり、ちょっと睨んで見せた。

宗介にしてみれば、一ミリの迫力もなかっただろうけれど。


「他の誰でもない杏樹だったからだ」

「甘いよ、ホント……」

「杏樹のことは甘やかしたいんだ」

「いつか酷い目にあっても知らないよ」

「望むところだ」


はあ、とため息をついた杏樹。

暫しの沈黙を挟んでぽつりとこぼすように呟いた。


「思い出より今が欲しい」

「同感だな。昔の杏樹も可愛かったが、今の杏樹の方が……」

「そこははっきり言おうよ。言葉濁さないでおこうよ」


はははと笑う。

そんな笑顔卑怯だ。

ますます好きになるじゃないか。

嫌いにならせてくれたらいいのに。

こんなに苦しまなくていいのに。

宗介はズルい。

けれど、そこも好きなのだから仕方ない。


「……前よりもっと好き」


こぼれ落ちた声を彼はそっと掬い上げてくれた。



シュガーコーティングされた思い出なんて



title:OTOGIUNION



(2015/09/19)


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