リチャードの案内を先頭に中央塔にたどり着く。
何事もなく……とは言えず、ここまで戦闘は避けられなかった。
酷いケガをすることなくたどり着けたのは幸運だったのか。
目的地の扉はレアルが開いた。
待ち伏せされている気配はなく、彼らはゆっくり足を踏み入れた。
ほどよい広さのその空間。
最初に目に飛び込んでくるのは、大きな机。
その机に沿うように椅子も十脚ほどある。
作戦会議の場として使われているのだろうということは安易に想像できた。
正面には剣が飾られ、立派な旗も掲げられている。
ウィンドルは何故今こんな状態なのだろう。
胸がキュっと痛んだ。
アスベルは向かって右側の階段を上る。
ソフィたちは反対側の階段に足をかけた。
レアルはリチャードのすぐ後ろに立った。
「あった。鍵だ。あれさえあれば……」
壁にはめ込むような形で置かれている鍵。
これが目的のもの。
無事手にできたと安心したときだった。
隠しきれない殺気が上から落ちてきた。
「殿下っ、失礼します!!」
リチャードの体を突き飛ばし、迷いなく落ちてきたその刃を受け止める。
「ちっ……!!」
「貴様、何をしているかわかっているのか!!」
舌打ちの後は何も言わない。
レアルはその剣を弾いて首筋へその刃を突きつける。
動くことを許されない切っ先にあきらめたのだろうか。
随分大人しくなった。
次の瞬間だった。
潜んでいた『敵』は一人ではなかった。
大人しくなった兵士はレアルを引きつけるのが目的だったのか、今となってはどうでもいい。
もう一人がリチャードを斬りつけた。
「リチャード!」
「殿下!!」
目の前が暗くなる。
闇に覆いつくされそうになる視界を必死で抑える。
現実逃避をしている場合ではない。
今この場でしなければならないこと。
「アスベル、殿下を!」
「わかった」
「ソフィとパスカルは奴を捕まえてくれ!」
「うん」
「了解」
レアルは今目の前にいる、愉快だと言わんばかりの雰囲気を醸し出す彼の意識を奪い、室内を見回した。
溢れ出すような殺気もわずかな人の気配もない。
ここにいるのはこれだけだ。
「リチャード、しっかりしてくれ! リチャード……!」
アスベルが必死にリチャードに呼びかけるが、反応がない。
周囲に飛び散っている、室内を侵食しようとしている赤が、レアルの首を絞めた。
呼吸が上手くできない。
震える体を抑え込み、治癒術の詠唱を始める。
敵の真ん中にいる今、誰かに助けを求めることはできない。
まさに発動する瞬間だった。
大きく脈を打つ感覚を感じた。
驚きのあまり二人は彼から離れる。
リチャードはそのままふらりと立ち上がった。
まるで何者かに操られているかのようにふらりと。
「リチャード……?」
「殿下……?」
不安の色をにじませる二人にリチャードは見向きもしない。
二人の声が届いていないように見えた。
気のせいか、それとも光の加減か、彼の瞳が赤く光っている。
リチャードは自身を斬りつけた兵士へと視線を向けた。
その瞳の鋭さはレアルが初めて見るものだった。
「殿、下……?」
「下衆が……」
ソフィは何かに気づいたように顔を上げた。
彼の名前を不安げに呼ぶが、先ほどと同じように届いていない。
ふらりふらりと頼りない足取りでソフィたちのところへ進む。
そのまま兵士の首元を掴んだ。そして大きな机の上へ投げ飛ばした。
自分は何を見ているのだろう。
目の前は現実で間違いないだろうか。
リチャードは剣を抜いた。
兵士に馬乗りになり、剣を振り下ろした。
耳をふさぎたくなるような悲鳴が体の芯に響いた。
隣を見れば、アスベルは茫然としている。
「貴様がしでかした事の報いだ! その身で思い知るがいい! このっ……! このっ!」
何度も剣を振るう。
「リチャード、もういい! やめるんだ!」
「やめてください、殿下!!」
「何だ、レアル。止めるのか」
「いえ。殿下が手を汚す必要などありません。あとは、私に任せてください」
「レアル……?」
何を言っているんだとアスベルが強い意志を込めた視線を向けてきたが、関係ない。
この剣はリチャードのために振るうもの。
彼を傷つける者は何者であっても許さない。
レアルは抜いた剣を兵士の首に当てた。
このままわずかな動きで息の根を止めることができる。
『彼』にとっては、その方が幸せかもしれない。
今にも消えてしまいそうな呼吸を見ながら、そんなことを思う。
「やめろ、リチャード! レアル!」
「僕に命令するな!」
そこでようやくリチャードは動きを止めた。
アスベルが不安げに彼の名前を呼ぶ。
今までのリチャードが嘘であったかのように、彼の表情は普段と変わらないものに。
まとう雰囲気も穏やかな彼のものに。
「ごめん、アスベル! すまない、レアル。 僕は……。君たちにこんな事を言うつもりじゃ……」
ひどい後悔を詰め込んだ苦しそうな声。
レアルが聞きたくないリチャードの声。
こんな彼を見たくない。
こんな顔をさせてはならない。
何のための『護衛騎士』だ。
「殿下、申し訳……」
リチャードは剣を収めた右手でレアルの言葉を止めた。
そして、左手で胸を押さえる。
あれだけのケガを負ったのだから当然だろう。
机から降りた彼を支えるように立つ。
「殿下……」
「大丈夫か、リチャード」
心配そうに呼ぶ二人にリチャードは笑ってみせた。
「急いで南橋に向かおう。せっかく鍵も手に入った事だ」
目的を達成するためには、ここで立ち止まるわけにはいかない。
彼の言葉はもっともだと思う。
けれど、レアルには、いや彼らには流せない問題があった。
代表するようにアスベルが口を開く。
「さっきの傷は……」
彼らの視線はすべてリチャードに向けられている。
あれだけ大きなケガをしたのだ。
出血もかなりしていたように思う。
最低限簡単な治癒術を施し、すぐにでも医者に見せた方が……。
「僕ならなんともない。思ったより傷も浅かったようだ」
「なんともないって……」
「殿下、無理はなさらない方が……」
パスカルがリチャードに近づき、覗き込んだ。
そして、うんうんと何度かうなずいた。
「ほんとだ。そんなにひどくなかったんだね」
ひどくなかった?
とレアルは軽く首をかしげる。
感じた死の気配は錯覚だったのだろうか。
「レアル、行くよ?」
ソフィがレアルの腕を優しく引っ張っていた。
アスベルとリチャードはすでに歩き出していた。
「ああ。ありがとう」
バクバクと今更ながらに大音量で奏でる心臓に手をやる。
一度落ち着いたら、リチャードの傷を見せてもらうことを決めて、足を進めた。
この作戦の最終地点にも近い目的地に無事到着した。
南橋を動かすレバーを操作し、そして南門を開けるレバーも動かした。
「歓声が聞こえるよ。うまく行ったみたいだね」
「僕たちの役目は終わった。後は兵たちの働きに期待しよう」
部屋を出たときだった。
彼らの前を強い真っ直ぐな光が横切った。
2015/02/01
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