「物事は完全に終わるまで油断してはならない。オレはそう教えていた筈だ」


鋭い声が降ってきて、その後に人影が彼らの前に飛び降りてきた。


「マリク教官!」


アスベルが彼の名を呼ぶ。


「……」


レアルも数度顔を合わせたことがある。

顔見知り程度の関わりだが、彼の力(つよさ)は聞いていた。

こうして現れた彼はどう見ても手助けに来てくれた風ではない。

つまり簡単に言うならば、敵。

レアルたちは武器を構えた。

彼の背後から兵士が現れる。

躱せない戦いを目の前に置かれた。

レアルはため息をついた。

この現状に絶望したわけでも、不安に思ったわけでもない。

ほんの少しの疲労感がそれを連れてきただけ。


「少人数で砦の内部に潜入し、扉を開けて味方を引き入れる。そこまでの手際は見事だった。だが最後の詰めが甘い。ここでオレがお前たちを倒せば戦局は一気に逆転する」


逆転など簡単にさせるものか。

リチャードと知りつつ刃を向けるマリクはレアルが倒す。

アスベルも気後れしているわけではないし、この場で足手まといは誰一人としていない。


「パスカル、フォローは任せた」

「了解」

「アスベル、ソフィ」

「ああ」

「うん」

「殿下」

「わかっているよ」


戦ってみせる。

護衛騎士の名は飾りではない。

今この場で証明してみせる。

アスベルとソフィが先陣を切り、戦いをスタートさせた。

広い視野で戦況を見極めなければならない。

敵はどこでどのような動きをするのか。

自分の弱点はわかっているつもりだ。

レアルは剣をしっかり握り、マリクに斬りかかった。

予想通り軽く受け止められた。

力比べをすれば負ける。

もともとそのつもりはない。


「アスベル!」


マリクの背後に回り込んでいたアスベルに絶好のタイミングで指示を出す。

簡単に読まれることも覚悟していた一撃は上手い具合に入った。

防御されたが、無傷とはいかなかっただろう。

そこを突破口にするリチャードとパスカル。

ソフィを一人きりにしてしまったが、彼女は彼女で周りの兵士を倒していた。

彼女の戦闘力は簡単に測れなさそうだ。

利き手とは逆の手で腰の短刀を抜き、首に突きつけた。

これをひっくり返せるとは思わない。

油断大敵、だ。

首元の冷たい凶器にマリクはため息をついた。

そして降参する。


「……強くなったな、アスベル」

「教官……」

「そして……」


マリクの視線がレアルに向けられた。


「貴殿が殿下の護衛騎士・レアル殿だったのですね」

「そんな大層な存在じゃない。ボクはただ……」


レアルの言葉をかき消すように、足音が近づいてきた。


「殿下! 公爵様から伝令です。砦を無事制圧いたしました!」


目的は無事に果たされた。

ほっと一息ついた。

まだまだこれからだけれど、一歩進んだのは確実だった。

その時リチャードが剣を抜いた。

それを手にマリクに近づく。

疑問に思ったのはわずか一瞬。

それがリチャードの出した結論ならば、異を唱える必要がどこにある。

レアルがすることは見届けることだけ。


「待ってくれ! 教官はリチャードが憎くて歯向かった訳じゃない。教官はリチャードの目指す国家に必要となる人物だ」


アスベルが彼の行動を止めた。

そのことにレアルは少なからず驚いた。


「アスベ――……」

「必要かそうでないかは僕が決める! く……。なんだこの感覚……」


リチャードがその場に跪いた。

気分が悪いのか、どこかケガしたのか、あの時に斬られた傷か……。


「殿下、お身体が……」

「リチャード、どうした!?」


二人の言葉は届かなかったようで、小声で何か呟いている。

その瞳には何も映していないように思えた。


「大丈夫だ……心配には及ばない。少し気分が優れないだけだ」

「無理はなさらないでください」

「大丈夫」


リチャードはその言葉を繰り返すと、そのまま歩き出す。

マリクの処分は後で決めるという言葉を残して。


「先にデールの所へ行っている」


一瞬、ほんのわずかな時間レアルは悩んだ。

彼らをこのままにしておくことに。

アスベルに視線を送ると、彼は一度頷いた。

信頼に足るその瞳。

レアルはリチャードの後ろに続いた。

無言のままに歩く彼の後ろ姿から感情は読み取れない。

自分がどのような態度でいればいいのかわからなくて、少しだけ戸惑う。

リチャードは目的地で足を止めた。


「レアル」

「はい」

「デールと少し話したいことがあるから、ここで待っていてくれるかい?」

「かしこまりました」


深く頭を下げて彼を見送った。



2015/12/18



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