フッと意識が覚醒した。

いつも狭められている視界は解放されており、レアルの瞳に映るのは見慣れない天井。

二、三度瞬きをした後、ここがグレルサイドのデール公の屋敷であることを思い出した。

時刻を確認すれば、まだ早すぎる時を示している。

二度寝しても十分過ぎる時間だったが、レアルはいつも通り身支度を整えた。

鏡に映る自分の顔は、あまり好きにはなれない。

それは仮面に慣れたせいだろうか。

リチャードのように柔らかく微笑んでみても、雲泥の差を見せつけられた気がして肩を落とす。

相棒と呼べるほどに身近に存在する仮面をつけ、部屋を出た。

まだ明けぬ空を眺めながら、気配を消してリチャードの部屋の側に立つ。

自分は随分優遇されていると知ったのは、わりと最近のことだった。


「レアル」


半時間も経っていないだろう。

いつの間に気配に気づいていたのか。

リチャードのことだから、レアルが来た時から知っていたかもしれない。


「はい」


扉の前に立ち、静寂を壊さないように小さな返事を返す。

それに応えたのは扉を開ける音だった。


「レアル、少しいいかい?」

「……わかりました」


部屋に招かれ、躊躇したものの足を踏み入れる。

彼がそれを望むなら。


「皆の前で宣言するよりも先に、レアルに伝えたいことがあるんだ」

「伝えたいこと……ですか」


さすがにふざけた雰囲気は息を潜めている。

この流れで何を告げられるのだろうか。


「僕は君を盾だとは思わない」


氷柱のような言葉だと思った。

自分の命すら捧げさせてくれないのかと責め立てたくなる言葉を何とか抑える。


「そう……ですか……。殿下がそうおっしゃるのでしたら……」

「君には共に戦う剣でいて欲しいんだ。アスベルとはまた違う意味でね」

「剣……ですか?」


それは予想外の言葉だった。

自分は彼を護る存在であって、共に戦う人間ではなかった。

それなのに、彼は迷うことなくその言葉を発した。

胸が熱くなる感情は、嬉しいだけではなかった。

一言では到底表せない感情。


「レアル」

「はい」


跪き彼の言葉に全力で応える。

それが今表現できる最大の忠誠。


「行こうか、共に」

「はいっ!!」





***


広場に集められたたくさんの兵。

その兵士の前に立つリチャード。

彼の斜め後ろにレアルは控えていた。

自分は緊張しているのだろうか。

普段より鼓動が速いような気がする。

緊張しているには違いないかもしれないが、それが何に対する緊張なのかわからない。

リチャードを守り切れるかどうか自信がない不安。

同じ国に生きる者同士が傷つけ合わずにはいられない現実に対する憤り。

様々な感情が入り交じり、酷い緊張感を生み出しているのだろう。

レアルは顔を上げる。

アスベルたちは後方におり、レアルの位置からは様子を窺うことは叶わない。

彼らは今何を考えているのだろう。

レアルと同じような感情を抱いているのだろうか。

レアルより背負うものが少ないとは思うが、彼らだって何かを枷にしながら生きているはずだ。

どちらが幸せかなんてどんなに暇でも考えたくない。


「勇敢なる兵士諸君! これより我々は、リチャード殿下に付き従い王都へ向かう」


いよいよ戦いの幕が上がる。

一歩先に進めば、もう逃げられない。

もっとも逃げるつもりなんてない。

出撃の合図を求められ、リチャードは皆の前に立った。


「これはウィンドル王国を我々の手に取り戻す正義のための戦いだ。兵士諸君の奮闘を期待する!」


剣を抜き空に掲げる。

皆が(レアルも)同じように剣を掲げた。


「剣と風の導きを!」

『剣と風の導きを!』

「全軍、出撃!」

『おおーーー!』


辺りを轟かせるほどの決意が込められた声を上げ、それぞれ歩いていく兵士たち。

皆が広場から離れ始めたタイミングでリチャードとアスベルは距離を縮めた。


「それでは僕たちも潜入任務を開始しよう」

「殿下の事をくれぐれも頼むぞ、アスベル・ラント」

「はっ! かしこまりました!」


アスベルは左手を胸に当て真っ直ぐな瞳を向けた。

強い力の込められた眼差し。


「レアル殿」

「はい」


デールはレアルにも声をかける。

戦いに勝つための強い表情のまま、彼は言葉を紡ぐ。


「すべてを背負わなくていい。だが、今殿下の側に控え、殿下を支えられるのはレアル殿だ。どうか……」

「解っているつもりです。大丈夫です。私は殿下のすべてを受け入れられる程器用ではありません。必要に応じて、アスベルやソフィ、パスカルを頼ります」


はっきり言ってレアルは不器用だ。

今まで一人でがんばらなければと思い続けていた分、誰かを頼ることを苦手とする。

強大な敵を前にした時、レアル一人でリチャードを守れるなんて思わない。

仲間を信頼すること、それが今の課題だった。


「解っているのならいい。皆、頼んだぞ」

「はいっ!」

「うん」

「了解〜」


アスベルたちはバラバラに、けれど心は一つに重なった返事をした。

多分彼らなら……そう思ったのはレアルだけでなくデールもだろう。


「まずはあの遺跡に戻ろう。そこから、上の砦を目指すんだ」



2013/11/06


 

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