だいたいの作戦内容を聞いたレアルをリチャードは呼び寄せた。
彼の隣には先ほどまでいなかったパスカルが戻って来ている。
「……殿下?」
「パスカルさん、レアルと出かけてくれないかな?」
「ん? 別にいいけど、何か買い物?」
パスカルが言ったことはレアルも聞きたかったことだ。
作戦に必要なものがあるなら自分一人で買いに行ける。
パスカルに声をかける必要性がわからない。
確かに初めて来る街だが、デールの屋敷へ来る途中で商店街に気づいたから何とかなると思う。
それに荷物が多いのならば、パスカルよりアスベルを誘う方が効率的だ。
「違うよ。そうだね……。うん。こう言った方がいいかな」
そう言ったリチャードがニコリと微笑む。
この微笑みを何度も見たことがあった。
確信にも近い「何となく」な嫌な予感がレアルの体を走った。
「パスカルさん、レアルとデートしてくれないかい?」
「殿下っ……!?」
「いいよー」
「パスカルさん!?」
どうしよう、ツッコミが追いつかない。
レアルは頭をかかえたくなった。
リチャードは何を言い出すのだ。
一度大きく息を吐き出した。
それから言いたいことを整理する。
「殿下、その発言の真意は何ですか?」
「そんなに難しい意味はないよ? そのままの言葉の意味さ。君とパスカルさんに仲良くなってもらいたいと思っただけだよ」
「……」
無言で抗議を示すも、リチャードは微塵も受け入れる様子がない。
ならばここは彼女を突破口にするしかないだろう。
「パスカルさんも軽く承諾しないでください」
「えー。あたしは別に嫌じゃないよ? レアルと仲良くなりたいし」
「……ボクにその気はありません」
「仲良くなろうよ。人類皆兄弟って言うじゃない」
彼女の言葉に苛立ちが芽生えた。
パスカルのことが嫌いなわけではない。
その言葉がレアルの心の奥底に封じ込めた感情を刺激して、不快感を覚えたのだ。
「行っておいで、レアル」
「……わかりました。ただしお願いがあります」
「何だい?」
「この屋敷から出ないでください。必ずデール公かアスベルの側にいてください」
護衛騎士として最低限伝えておきたいことを告げれば、リチャードは苦笑を浮かべてわかっているよと頷いた。
彼のことだから、レアルの言うことを守ってくれるか怪しい。
それでも、リチャードの味方が多いここは安全だろう。
そう信じたい。
不安を払拭できないまま、レアルはパスカルと屋敷を出た。
足取りの軽いパスカルを追いかける形でゆっくり足を進める。
「パスカルさん、足下に気をつけてください」
「大丈夫だって。レアルは心配性だね〜」
屋敷を出たのはいいが、デートというのは具体的にどういうことをすれば良いのだろう。
レアルには男女が二人で出かけること、という認識しかない。
パスカルなら何か知っていると思うが、ここで質問するのはカッコ悪い。
格好を気にしないで聞けば良いのだが、恐らくこの質問は場をしらけさせてしまうだろう。
身につけなければならない知識はまだまだあると実感させられた。
こんな風に色々考えてしまうのも、レアルが変に真面目だからかもしれない。
「ねー、レアル」
「何ですか、パスカルさん」
「それだよ」
「それ……ですか?」
それとは何なのか。
彼女が指差した先にはレアルしかいない。
まさかこの仮面について何か言われるのだろうか。
上手い言い訳を考えなければならないと思った時だった。
「さん、要らないよ。呼び捨てでいいよ」
「……はい?」
「まあ、試しに呼んでみて。ほら」
ワクワクキラキラとした瞳。
それは多分綺麗なものしか知らない幼子のような純粋な瞳。
その瞳を裏切るような真似はできない。
半端じゃない罪悪感に責められるのだろう。
「じゃあ……」
レアルはそこで一呼吸挟んだ。
いざ名前を呼ぶとなると緊張する。
「その……パスカ、ル……?」
「はーい」
「いや、無理です」
「無理って決めつけちゃ、物事上手くいかないよ」
「そういうものではなく、会って間もない年上の女性を呼び捨てになんてできません」
「真面目だね、レアル。主人と従者って似るものなの?」
「ボクが殿下と似ている? そんなわけあり……」
「呼び捨てついでにため口もいってみよ〜。何かレアルとリチャードが似ててややこしいんだもん」
レアルとリチャードは似ていない。
レアルが何度そう言ってもパスカルは首を縦に振らない。
似ているはずがないのだ。
忌々しげに呟いた言葉を胸の奥に落とした。
「わかった」
「ん?」
「普通に話すことには慣れてないけど、努力する。それでいいだろ?」
「おっ。意外とイケテるよ。レアルの新しい一面を見た感じ。……て、まだ出会ってちょっとしか経ってないのにね」
アハハと笑ったパスカルは、何故かとても魅力的に見えた。
***
陽が落ちた世界は、昼間と違う景色を浮かび上がらせる。
「殿下、どちらへ?」
「ちょっと外の空気を吸いに行ってくるよ」
「お供します」
「いや、大丈夫だ」
一人になりたいのだろう。
護衛騎士としては強引にでもついて行くのが正解だが、レアルはリチャードの気持ちを尊重したかった。
「わかりました。何かありましたら、すぐに呼んでください」
「ここはデールの屋敷だ。危ないことなんてないよ」
「……そう信じています」
口ではそう言いながらも不安を拭えない。
夜の闇がそうさせているのだろうか。
それともこの暗さがリチャードの儚さを際立たせているせいか。
「じゃあ、行ってくる」
「はい」
リチャードを見送り、レアルは窓際に歩み寄る。
とても静かな夜だ。
綺麗な夜空が世界を包んでいる。
ふわりと漂う眠気を制し、レアルはリチャードに与えられた部屋の前に移動した。
扉の側に背を預け、主の帰りを待つ。
***
「レアル……」
「ようやくお帰りですか、殿下。あまり遅くなりますと明日の作戦に響きますよ」
リチャードは苦笑を浮かべ、わかっていると言葉を紡いだ。
「アスベルと話をしたんだ」
「彼に会っていたんですか」
それならば帰りが遅かったことも納得できる。
「アスベルは僕の剣だと言ってくれた。……ヤキモチかい?」
「どこをどう見れば、その発言が生まれるのですか」
レアルは盛大なため息をついた。
ニコニコと笑う主人に、従者である彼はどのような態度をとれば満足してくれるのかと問いたい。
「ならば、ボクは殿下の盾になります。どのような攻撃であろうとこの身で貴方を守ってみせます」
「盾、か」
「不満ですか?」
「まさか。十分過ぎる答えだが、模範的な優等生に見えてつまらない」
「つまらないって……」
「僕は君を犠牲にしたいわけじゃないよ」
「それでも……」
この国にリチャードは必要だ。
最期まで彼を守り抜くためにも、自分は簡単に死ぬべきではないと思う。
それでも、必要ならばこの命を投げ出す覚悟も持っていた。
リチャードのいるウィンドルの平和な未来をただ守りたいのだ。
自分の命一つで守れるのならば、安い対価だ。
リチャードが作り出す平和な世界を見られないことに若干の心残りはあるが、それでも。
「レアル、おやすみ」
「おやすみなさい、殿下。どうか束の間の休息を」
「ああ、君もしっかり休んでくれ。……明日はツラい戦いになるだろうから」
リチャードの言葉に感謝の気持ちを込めてそっと頷き、その場を後にした。
2013/09/26
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