しばらく歩いていくと、町の姿が見えてきた。

あそこが目的地、グレルサイドだ。

町の入り口には兵士が二人立っていた。

彼らは緊張感漂う空気を醸し出している。


「今は非常事態につき、許可なき者を街へ入れる事はできぬ」


一人がそう言った後でレアルが一歩前に出た。

事情を説明しようと思ったのだが、その前にもう一人の兵士がリチャードに気づいた。

公爵に知らせてくると兵士は慌てて駆け出した。


「へえ〜、リチャードって王子様なんだ? 偉かったんだね〜」


パスカルは気づいていなかった。

ウィンドルの人間なら誰もが知っていると思ったが、そうではないのだろうか。

それとも、彼女はウィンドルとあまり縁のない人間なのか。


「レアルは?」

「ボクはリチャード殿下の護衛騎士です」

「おぉ。騎士なんだ。すごいねぇ〜」


すごくなんかない。

本当にすごいのならば……。

後悔しか生まれない思考になりかけていたため、慌てて頭を振った。

過去を嘆く暇などない。

今やるべきことをしなければ。


「リチャードは王子、レアルは騎士……。なら、アスベルは何?」


素朴な疑問だったのだろう。

ソフィのその言葉にアスベルは視線を落とした。


「俺は……今の俺は……何者なんだろうな……」


かき消されてしまいそうな呟き。

レアルは彼にかける言葉を見つけることができなかった。

リチャードの友人だ。

アスベルが曇った顔をしていれば、きっと彼は悲しむだろう。

何とか言葉を生み出そうとしたところへ兵士は戻ってきた。


「お待たせしました。どうぞお通りくださいませ!」


目的の人物であるデールは屋敷にいるらしい。

とりあえず彼らは、状況確認のためデールの屋敷へ向かった。

レアルはデールのことを詳しく知らない。

いや、ウィンドル王国南部を治める大領主であることは知っている。

爵位を受けた経緯も知っている。

ただ、実際に会ったことがないのだ。

レアルたちが彼の屋敷に入ると、すぐに駆け寄ってくる人物がいた。

リチャードが彼を「デール」と呼んだことで、レアルの中の情報と顔が一致した。

デールはリチャードの頼み――セルディクを倒し、彼の父の無念を晴らすという頼みを快く受けた。


「そうだ、紹介しておこう」


リチャードは順番にアスベルたちを紹介する。

彼らのおかげで王都を脱出することができたと。


「殿下、彼は……?」


リチャードがレアルを紹介しなかったため、デールは視線を向けつつ尋ねる。

レアルは一歩前に出た。


「初めまして、デール公。私はリチャード殿下の護衛騎士、レアルと申します」

「レアル、殿……。そうか、貴公が……。会いたかった」


デールに握手を求められ、レアルは数秒迷ってから手を差し出した。

どうやらリチャードは何度かレアルのことをデールに話していたらしい。

どんな内容なのか詳しく聞くことはできなかったが、リチャードは「悪い話はしていないよ」と笑った。

レアルの紹介が終わるとアスベルも名乗る。


「アスベル・ラントです。お目にかかれて光栄です」

「もしや君はラント領の……」

「はっ。前領主アストンの長男です」

「そうだったか……礼を言う。よく殿下を助けてくれた」

「とんでもありません。殿下のために尽力するのは当然の事です」


デールはラント領かと小さく呟く。

今はストラタに支配されている状態の故郷を思うアスベルの心は重いのだろう。

レアルには故郷を思う気持ちはわかりづらい。

それでも、アスベルの表情から多少読み取ることができる。

リチャードは現状を把握して対策を考えたいと言い、そのためにデールは部屋の提供を申し出た。

案内された部屋には、大きなテーブルがある。

彼の執務室だろうか。

本棚を埋めているそれらに軽く視線を移した。

リチャードは椅子に座り、レアルは彼の側に立つ。

デールはテーブルに地図広げた。

それから人差し指でバロニアを中心に円を描いた。

それはセルディクが今現在掌握している地域。

ラントに駐在するストラタの軍は、今のところ特に動きはないらしい。

あえて言うならば、ラント付近の輝石鉱脈が押さえられていること。

リチャードは小さな唸り声をもらす。


「それだとウィンドル国内の輝石の流通がいずれ滞る可能性があるね」

「はい。事態が長期化した場合その事も大きな問題となる可能性があります」


簡単には解決できそうにないが、安易に見逃せない大問題だ。

何かしらの対処法を考えなければならない。

それを考えるのはレアルの仕事ではないが、無視もできないだろう。

リチャードはストラタとウィンドルの同盟の話を出す。

セルディクとストラタは随分前からつながっていたようだ。

セルディクはラントを差し出し、反乱への協力もしくは傍観を持ち出したのではないかとリチャードは言った。

アスベルにはツラい話だったのだろう。

けれど、リチャードが声をかけると彼は大丈夫だと頭を振った。


「アスベル・ラント。ここから先は重要な話になる。君たちは遠慮してもらいたい」


デールはやや強い口調でそう言った。

君「たち」に含まれるソフィとパスカルは様子を窺うように体ごと視線を向ける。


「お待ち下さい。どうか私も殿下の王都を取り戻す戦いに参加させていただけませんか? どうかお願いいたします! 私はなんとしても殿下のお力になりたいのです!」


アスベルの言葉は真剣なもので、彼の心がはっきり映されているように見えた。

アスベルの覚悟が見えたからこそ、レアルはリチャードに視線を向ける。

それに気づいた彼が当然だと言うように頷いた。

リチャードがデールにアスベルの参加を頼むと、デールは頷いた。

わかっていたことだけれど、デールはリチャードを信じている。

もちろんリチャードもデールを信頼している。

アスベルの参加が決まると、当然のようにソフィとパスカルもこの作戦への参加が決まった。

デールは彼らの顔(覚悟)を見定めるように順に見た後で説明を始めた。

この作戦の鍵になるのは、やはりウォールブリッジ。

セルディクの警戒がかなりの兵士を配置しているという情報から見てとれた。


「正面からの力攻めは、あまり上策とは言えないだろうね」

「正面が不可能となると……」

「正面から行くのが嫌なら中に潜りこんじゃえば? さっきは通らなかったけどあの遺跡の中には、真上の砦に行ける装置もあるよ」


さらっと話されたパスカルの言葉に彼らは驚き、それから頷いた。

誰かが先にウォールブリッジに入り、閉ざされた扉を開ける。

そこが突破口になる。

その通りと言うようにパスカル指を鳴らした。


「そんな事が可能なのですか? それができるなら、我々にとって大きな光明となりますが」

「どうかその役目を私にお命じ下さい。必ずや任務を成功させお役に立ってみせます! パスカル、装置の操作を頼めるか?」

「もちろん!」


話は決まったようだ。

レアルの隣にリチャードが立つ。


「では、僕も一緒に行くよ。僕は、自分の手でこの戦いを遂行し、勝ちたいんだ。亡くなった父上の為にも……」

「殿下……」

「よし。そうと決まったら、さっそく指揮官を集めて具体的な作戦を協議しよう」

「はっ」

 

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