初めての時と同じように、一瞬とも呼べる時間で景色は変わっていた。

時間を閉じ込めたような遺跡とは異なり、眩しい陽射しと爽やかな風が通り過ぎていった。

そんなに長い間遺跡にいたわけではないはずなのに、太陽が懐かしい。

アスベルは辺りを見回し、無事対岸に来られたことを確認した。

ここからならば、特に問題なくグレルサイドへ向かえるだろう。

リチャードの言葉にレアルは頷いた。


「お、グレルサイドへ行くんだ」


パスカルは楽しそうな調子でそう言う。

彼らの行き先に興味を持ったようだった。

遠足のような楽しく気楽なものではないのだから、彼女の雰囲気には調子を狂わされる。

けれど、嫌悪感を抱くものではない。

彼女のキャラクターがそう思わせるのだろう。


「あたしも一緒にグレルサイドに行こうかな〜」


アスベルとリチャードが顔を見合わせる。

リチャードの視線がレアルへと向けられた。

貴方の判断に任せますと頷いて見せた。

一度長い息を吐き出し、アスベルは口を開く。


「よからぬ目的があってついてこようとしているんじゃないだろうな?」


軽くトゲを纏ったアスベルの言葉に、パスカルは肩を震わせ笑うことで答えた。


「ばれたか……」


やけに演技っぽく聞こえたのはレアルの気のせいだろうか。

パスカルの言葉を聞いたアスベルは、すぐさま剣に手を伸ばす。

今にも剣を抜きそうな彼に対し、パスカルはニッと笑った。

その顔に悪意なんて見えない。


「ズバリ! あたしの目的はソフィと仲良しになる事だよ〜ん」

「……はぁ!?」

「ソフィの事もっと知りたいし、調べたいし、触りたいの! 悪いけど、あんたらに興味はないですよ」


別に悪くはないと思う。

それをレアルは口に出さなかった。

パスカルに怯えたソフィが慌ててアスベルの背中に隠れる。

相談するようにアスベルとリチャードは顔を見合わせた。

パスカルはリチャードとレアルを交互に見つめた。

そして、首を傾げる。


「アスベルと……え〜と、なんだっけ〜」


悪気はないのだろうが、いくら何でも失礼だと思った。

剣を抜こうかと手を伸ばせば、リチャードに止められた。

苦笑で制止され、レアルは静かに手を下ろす。


「リチャードだよ。そして、彼はレアル」

「ん、リチャードとレアルね。ねぇソフィ〜、あたしとアスベルとリチャードとレアル、誰が一番好き?」


いきなり何の質問をしているのだろう。

その質問にどのような意図があるのだろう。

少し考えたレアルは頭を振った。

おそらく、そう深い理由などないだろうから。

パスカルの問いかけにソフィは当然のようにアスベルの名を挙げる。

「じゃあ、二番目は!?」と問うパスカルに、「リチャード」と答える。

このままでは、パスカルの名前が出てこないかもしれない。

何故なら、アスベルの背に隠れているソフィがじっとレアルを見つめていたから。


「くやしい〜! 仲良くなりたい〜。ソフィと仲良くなりたいよ〜」


彼女がソフィに興味を抱くきっかけは、間違いなく「あの幻」だっただろうが、今は純粋に友達になりたいと言っているように聞こえた。

ただ過剰なスキンシップにソフィが怯えているだけ……だと思いたい。

リチャードはパスカルを「悪い人」ではないと判断し、レアルもそれに同意する。

アスベルは様子を見るという意味を含ませて頷いた。

リチャードが言ったようにレアルはパスカルが疑うに値する人間だとは思わない。

アスベルは少し過敏になりすぎているのではないだろうか。

今彼が何を考えているのかわからない。

やや強張った表情のまま、アスベルは歩き出した。

そんな彼を先頭に足を進める。

隣を歩くリチャードの様子がおかしいと気づいたのは、それから間もなくのことだった。

どこか痛むのか、気分が悪いのか、とにかく不調を見せている。


「殿下、どこか……」


レアルが声をかけたタイミングでリチャードはその場にしゃがみ込んだ。


「どうされたのですか!?」

「リチャード、大丈夫か!?」


駆け寄ってきたアスベルも心配そうに問いかける。

リチャードは皆の顔を見て、平気だと笑って見せた。

随分頼りない笑顔だと思う。

そんな顔を見て、平気だなんて思えない。

レアルはアスベルへ視線を向けた。


「アスベル、この近くに休める場所がないか……」

「レアル」


リチャードが名前を呼ぶことで、レアルの言葉を遮る。

迷惑をかけられないと言うのなら、今すぐ休んでもらいたい。

そんなレアルの言葉などリチャードには届かないのだろう。

無理をしてもし倒れたのならば、彼を背負えばいい。

応急処置程度の知識ならレアルだって持っている。

ここはリチャードに従うかと諦めの言葉を心に浮かべた。

ふと顔を上げれば、ソフィが自問するかのように胸に手を当てている。


「……ソフィ?」


どうしたのと尋ねるようにパスカルは名前を呼んだが、ソフィは真っ直ぐ歩いてリチャードに近づく。

そのまま彼女が触れようとすると、リチャードはその手を勢いよく払った。


「よせっ!」


大きな声が辺りを震わせた。

あまり聞くことのないリチャードの大声。

それは怒鳴り声にも近かった。

驚いて言葉を失った皆の代わりに、アスベルがおそるおそる彼の名前を呼んだ。

リチャード自身も驚いていたのだろう。

呆然とした様子で謝罪の言葉を口にした。

パスカルはソフィにフォローの言葉を入れ、その後気まずい雰囲気を吹き飛ばすためか、わざとらしいほど騒いで見せた。

彼女の努力が報われたように思えない。


「……二人ともなんだか変だぞ」


リチャードはアスベルの方を向き謝り、その後ソフィにも向かって謝った。

ソフィは不安げにその言葉を口にする。


「リチャードとわたしは……友達?」

「……ああ、友達だとも」

「友達……」


誰が見てもおかしな雰囲気だ。

それを何とかできるとは思えない。


「……先を急ごう」


そう言って足を進めるリチャードに何も言わずに続いた。

 

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