小さく唸るような音をたて、目の前の装置にソフィに似た少女の姿が映し出された。
「これは……」
「わたし……?」
アスベルもソフィも、そしてリチャードもレアルもじっとそれを見つめた。
触れられる距離に存在するソフィの『幻』。
幻なのだから当然触れることは叶わないのだろう。
アスベルはソフィと幻を見比べる。
「確かに……ソフィとよく似ている……」
「ね? 本物そっくりでしょ。あたしがソフィを見て思わず触っちゃったのも頷けるでしょ?」
また触ろうとしたため、ソフィはアスベルの背中に隠れた。
完全に拒否されたパスカルは、がっくりと肩を落とす。
ソフィとパスカルは出会って間もないのに、これはもう見慣れた光景になっていた。
リチャードはパスカルに問いかける。
ソフィの幻を映し出しているこの装置もアンマルチア族が作ったものなのかと。
パスカルは頷きながらも、まだ調査中だと続けた。
小さな稲光のようなものがピリピリと走り、幻は消えた。
残像を消すように煙が立ち上り、また青い光が走った。
「あ〜あ、消えちゃった」
残念だとも、もったいないとも、どうでもいいとも取れる口調でパスカルはそう言った。
「ソフィ、今の幻を見て何か思い出したりしたか?」
アスベルは問いかける。
何か思い出す……ソフィの記憶喪失はレアルが思っているより、ずっと重いものなのかもしれない。
ソフィが忘れていることは、たとえば日常生活を送るために必要な知識か、彼女自身の過去か、それとも……。
無意識のうちにレアルはリチャードへ視線を送っていたが、彼が疑問に答えることはなかった。
アスベルが「ソフィの幻」に興味を抱いたのはそのためか。
だがソフィは彼の問いに首を横に振ることで答えた。
「駄目か……」
「ソフィと関係があるのかどうかも、あれだけではなんとも言えないね」
「説明書きでもあればよかったんだけどね〜。ここんとこに書かれてる文字も消えちゃっててほとんど読めないんだよね。かろうじてわかるのが……ラ……ムダ……って書かれてるところだけど……その先が……」
パスカルがゆっくり確かめるように口にした三文字。
その単語にソフィはわずかな反応を見せた。
そんな彼女と同じように、レアルも聞いたことがあるような気がしていた。
多分気のせいだと思うのだが、『ラムダ』という単語が不確かな存在のように浮き沈みしていた。
「とりあえず今は先へ進もう。ここでこうして考えていても、すぐに答えは出ないだろう」
足を進めようとしたその時、急な目眩に襲われてレアルは体勢を崩した。
酷い脱力感を伴うそれに耐えようと近くに触れる。
その瞬間、眩しい光が放たれた。
それは刹那の光。
全員がレアルへと視線を向ける。
「レアル、大丈夫かい?」
「は……い……」
上手く返事はできなかったが、体を襲った不調はもう息を潜めていた。
一体、何だったのだろう。
若干の違和感は残っているものの、どこも痛くない。
気分が悪いわけでもないし、体が痺れたり震えたりといった症状もなかった。
貧血だろうかと勝手に考えてみる。
「ねえ、一体何したの?」
パスカルがレアルの顔を覗き込む。
むーっと唇を尖らせ、不満を表しているかと思えば瞳は輝いている。
「何って……何も……」
一瞬意識が飛んでいたかもしれない。
咄嗟に何かに触れたことは覚えているが、どこをどのように触ったかなんてわからなかった。
「これ、あたしが何しても動かなかったんだよね。何で今動いたんだろ?」
起動された装置を興味津々で見つめている。
何やら文章の羅列が浮かんでいるが、これも読み取れるようなものではなかったようだ。
「えーっと……『……ブン……と名……それ……をつ……』? さっぱりわかんないよ」
パスカルは頭をガシガシとかきむしった。
確かに、彼女が拾った言葉では何が何だかわからない。
「とにかく、今は先へ進もう」
「うん」
パスカルを先頭に彼らは足を進める。
「レアル、大丈夫かい?」
「すみません」
「君はたまに無理をすることがあるからね」
「……ボクは、殿下のためにしか無茶も無理もしません。それに、殿下が心配されることなど何も――」
「レアル」
咎めるように名前を呼ばれ、レアルは口を閉じる。
ただ心配してくれたことへの感謝として、頭を下げた。
しばらく進むと、入り口にあったのと同じ装置が見つかった。
もしかしたら異なる部分があるのかもしれないが、同じものに見える。
五人はそれに乗った。
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