不思議な装置に乗った次の瞬間、辺りの景色は変わっていた。
あまりに短い時間だったので、何度か不自然な瞬きを繰り返す。
不思議な風景だ。
岩のようなものが宙に浮かんでいる。
いや、この遺跡全体がまるで浮いているように見える。
上も下も前も後ろも右も左も、とにかく不思議な空間だった。
ここがもう『遺跡の中』らしい。
一瞬とも呼べる短い時間で移動した方法は「チャカチャカポン」だと彼女は言う。
パスカルの説明はよくわからない。
抽象的……という言葉で片付けて良いのだろうか。
よくわからないと思ったのはアスベルも同じだったようで、レアルとは違い素直にそう言った。
それに対してパスカルは説明しない。
というか、アスベルの言葉を聞いていなかったのか。
「ね、ね、凄いでしょ! 地面の下にこーんな広い所があるんだよ。驚きだよね!」
確かに凄いし、驚いた。
この空間がどのようにして出来たのか、どのような目的で作られたのか少し気になる。
「遺跡を作ったのは大昔のアンマルチア族だからね」
彼女が口にした『アンマルチア族』というのは、世界各地に残る遺跡を作った種族らしい。
「もしかしてパスカルさんは考古学者なのかな?」
リチャードがそう言えば、パスカルはわずかに考える素振りを見せて、若干曖昧に頷いた。
ここでもまたパスカルがソフィに触りたいと言ったが、彼女はきっぱり拒絶した。
今彼ら……主にリチャードにのし掛かる重い現実を見れば、盛り上がるのは悪いことではない。
気分転換にもなるだろうから、レアルは特に口を挟まなかった。
楽しい雰囲気だが、とりあえず五人は先へ進むことにした。
足場となるブロックは重さがスイッチになっているのか、はたまたパスカルがスイッチを押したのか、レールも何もないのにゆっくり動いた。
まるで迷路のようなウォールブリッジ地下遺跡を進む。
迷路と言えば、高い壁に挟まれた細い通路を進んでいくもの。
ここは広すぎる空間で、迷路と呼ぶには間違っているかもしれないが、そう呼ぶのが正しい気がした。
進んでいるのか、戻っているのか途中でわからなくなっていた。
パスカルが先頭を歩いていて正解だったと思う。
もし彼女が案内役として同行してくれていなかったら、確実に迷っていただろう。
そう思うと、感謝せざるをえない。
「あった〜! これこれ! これが幻を映す装置だよ」
パスカルの明るい声で、一つ目の目的地に到着したことがわかった。
アスベルとリチャードが歩み寄る。
レアルは彼から目を離さず、ソフィと共に側にいた。
隣にいるソフィが辺りを見回す。
その様子は少し不自然だ。
「何かがこっちに近づいてくる。変な足音が……聞こえる」
彼女の視線が一点を指し、全員振り返る。
そこに現れたのは魔物だった。
「殿下、下がってください」
かばうために彼の前に立てば、リチャードはレアルの肩を押した。
振り返れば、落ち着いた顔をしたリチャードと目が合う。
「僕なら大丈夫だ」
「しかし……!」
「信じられないのかい? 僕の剣の腕を」
そう言われてしまったら仕方ない。
剣を抜くリチャードのすぐ側でレアルも構えた。
「……無茶はしないでください」
「それは僕よりアスベルやソフィに言った方がいいよ」
勢いをつけて向かってくる魔物に、戦闘体勢で迎え撃つ。
リチャードとパスカルが術で魔物の足を止め、アスベルとソフィが確実にダメージを与えていく。
レアルはそんな彼ら(主にリチャード)をサポートする側に回った。
なかなかの強敵だったが、皆大きな怪我をすることなく終わったことに安堵する。
その魔物が動かなくなったのを確認した彼らは、ゆっくり呼吸を整えた。
「やれやれ……とんだ邪魔が入ったな」
アスベルは緑色をした石板のようなものに近づく。
一通り眺めたあとで、彼はパスカルへ体ごと顔を向けた。
装置の使い方を聞かれたパスカルは簡単だと答えた。
答えたのだが……。
「殿下」
「何だい?」
「彼女の説明は理解し難いのですが……」
「大丈夫だよ。僕もよくわからないから」
やってみればわかる、と言われたアスベルは彼女の言葉を呟きにもならない小さな声で繰り返し、ボタンらしきものを押したようだった。
彼の近くにあったピンク色の機械が警告音のようなものを出す。
アスベルは慌てて同じボタン(いや違うかもしれない)を押した。
耳の奥でまだあの音が響いている。
「しょ〜がないね。あたしが模範を見せますか」
パスカルがアスベルと位置を変わった。
彼女は迷うことなく、まるで楽器を撫でるようにボタンを触ると目の前のものが動き出す。
固まって一つの形になっていたものがバラバラに、それは風車の羽のような形だった。
「動いた……」
リチャードが驚きを含んだ声で呟く。
全員がパスカルに近づいた。
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