順調に足を進める彼らの前に現れたのは、ウォールブリッジ。
砦の機能を持つ大きな橋だ。
四人は岩の影へ身を潜めた。
入り口付近には兵が立っている。
「警備しているのは叔父の軍勢か?」
その問いかけにアスベルは頷いた。
どう見ても簡単に通れそうではない。
強行突破……といかないのは目に見えている。
できないことはないが、後々のことを思うとかなり面倒になる。
それならば作戦を考えなければならない。
アスベルはリチャードに別のルートの有無を尋ねたが、他の道はすべて王都を経由しなければならないものだ。
今王都に戻れない彼らは、ここをどうにかして通るしかない。
もしくは、誰も知らない道を探すか。
「どうしますか、殿下」
「うん……」
「弱ったな……」
何か方法を……と頭を悩ませる三人に聞こえてきたのは、叫び声のようなものと大きな音。
気がつけば今側にいないソフィに何かあったのか、音の方へ向かうと辺りは土煙に覆われていた。
視界が限られる。
レアルはリチャードのすぐ側に立ち、襲撃に備えた。
だが、レアルはアスベルほど焦ってはいなかった。
肌を刺す、全身を震わせるような殺気は微塵も感じられなかったから。
かと言って油断するとどうなるかわからない。
アスベルの背中に隠れたソフィが小さな声で訴える。
「あの人が……触った」
「……えっ?」
アスベルとリチャードがソフィを見る。
レアルはソフィから、その先へと目をやった。
ようやく土煙が消え、そこに現れたのは作業着のような服を着た女性。
白と赤という二色の変わった髪を持つ女性は目をぱちくりさせた。
「さ、触れた……。触れたよね……」
何かを確認するように手を動かす。
触る、とは何の話だろう。
レアルは問うようにリチャードを見たが、彼は肩を竦めただけだった。
「もう一回! お願い! もう一回触らせて〜」
その女性は腕をグルグル回しながら走ってくる。
やけに子どもっぽく見える仕草。
アスベルは一歩前に出て、剣を構えようとした。
その背中からは警戒の色が強く見えた。
「何者だ!?」
「あたし? パスカル! よろしく〜」
ウィンク1つして、両手を広げる。
友好的な彼女に対しアスベルとソフィは警戒している。
リチャードは半分困ったような様子で警戒し、レアルはリチャードより半歩前に出た状態でこの事態の行く末を見守ることにした。
アスベルとパスカルの話を聞いていると、彼女が何故ソフィに触れたがるのかがわかった。
パスカルは『ソフィの幻』を見たというのだ。
レアルは簡単にだが、ソフィの話を聞いたことがある。
記憶喪失の少女だと。
そこでふと気づいた。
それは今更すぎる疑問。
7年前、ソフィという名の少女は亡くなったと言っていなかっただろうか。
「レアル、どうかしたかい?」
「いえ、何でもありません」
「そうかい? 気分が悪くなったらすぐに言うんだよ」
「……貴方はボクの母親ですか」
ため息に隠すよう呟けば、リチャードはそれは面白くていいと笑った。
冗談を真に受けるタイプの人間ではないから、リチャードは確実に面白がっている。
『ソフィの幻』を見たという話はアスベルの警戒心を解くには十分すぎる力を持っていたようだ。
下手をすれば今にも斬りかかりそうだった空気は消え失せ、アスベルは剣から手を離した。
彼は更なる情報を求めたのだが、パスカルは困ったように頭をかく。
「う〜ん、口で説明してもわかんないんじゃないかな〜。実際に見た方が早いと思うよ。すぐそこだし」
“すぐそこ”を指差す。
彼女の言葉が指した先にあったのは、よくわからないもの。
地面に貼りつくように存在しているそれは、ここではかなり異質なものに思えた。
「これは……?」
アスベルが問いかけると、パスカルは簡単に説明する。
「これを使うと、地下にある遺跡に行けるんだけどね。幻があるのはそこ」
この辺りに遺跡があるという話は聞いたことがなかった。
それはリチャードも同じだったらしい。
驚きを隠せない様子だったから。
更に彼女は有力な情報を口にする。
閉鎖されているウォールブリッジを通らずに行き来できたと言うのだ。
その話を聞いたアスベルとリチャード顔見合わせる。
何かを確認し合うように。
「遺跡の中に、兵士はいたかい?」
リチャードはそう問いかける。
迷う時間もなく、彼女はすぐに答えた。
「いなかったよ。あたしのほかはだ〜れも」
その言葉を信じるのならば、これほどタイミングの良いことはない。
何者かに導かれるような出会いだと感じた。
アスベルとリチャード、そしてレアルは若干声を潜めて相談する。
アスベルは『ソフィの幻』が気になるらしい。
リチャードはアスベルの意見に反対しなかったし、レアルにもその理由はなかった。
「決心ついた? そんじゃ、ひとつみんなで潜るとしますか」
ウキウキとしているような気がする。
その様にアスベルは若干表情を変えたが、リチャードはフォローするように彼女に遺跡の道案内を頼んだ。
確かに、何が起きるかわからない遺跡内を知る人間がいると心強い。
四人は新たにパスカルを加え、ウォールブリッジの地下にあるという遺跡に潜ることになった。
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