緊迫した空気は、思いの外あっさりと壊された。
「みんな、少し落ち着いてくれ」
リチャードは視線が交わる中心に立ち、両者へ目を向ける。
「リチャード、彼は?」
「殿下、彼らは何者ですか?」
レアルは見知らぬ青年から目を離さないが、リチャードの視線を受け幾分か雰囲気を和らげた。
「僕が紹介するよ」
リチャードはレアルへと歩み寄った。
そして、まだ距離のある彼らを手招きで呼ぶ。
リチャードがこのような態度を取るのだから、彼らは『敵』ではないのだろう。
気のせいでなければ、親しい間柄。
リチャードの空気が柔らかく、表情には喜びのようなものが見て取れたから。
けれど、警戒を緩めるわけにはいかない。
「彼はレアル。僕の護衛騎士だ」
「護衛騎士……」
「騎士?」
二人は眉を顰めた。
その反応からだいたいの心情は読み取れる。
つまりは、二人とも大まかな事情を知っているのだろう。
それを話したのはリチャード自身だ。
「レアル。彼はアスベル・ラント」
「ラント……?」
彼のファミリーネームはラント領の領主の名だ。
リチャードへと顔を向ければ、彼は頷いた。
そして、少女を紹介する。
「彼女はソフィ。二人とも僕の友人だ」
「……殿下のご友人、ですか」
「ああ」
彼がそう言うのならば、間違いはない。
間違いだろうと、彼が正しいと言うのならば、それは正しい。
それに『アスベル』という名前には聞き覚えがあった。
レアルはようやく警戒心を解いた。
「レアル、思ったより早く君が来てくれて良かった」
「はっ」
一歩後ろに下がりレアルは跪く。
そんな彼を見るリチャードは苦笑を浮かべた。
「レアル」
早く立て、と言うように名前を呼ばれたレアルは立ち上がる。
そして、少し遅れてしまったがその言葉を口にした。
「殿下がご無事で何よりです。お二人とも殿下をお守りくださって、ありがとうございました」
「いや……あ、いえ、当然のことをしたまでです」
アスベルは姿勢を正して、レアルに対して敬意を示す。
その理由がわからず、レアルは言葉にしない問いを投げかけた。
「アスベルは騎士学校に通っていたんだ」
「騎士学校に……」
レアルも何度か足を運んだことがある場所だ。
残念ながら、彼を見た覚えはない。
あれだけ多くの人がいる場所だから、仕方ない。
「アスベルは騎士になるのが夢だったんだ。だから、君に……」
「リチャード」
リチャードの話を止めるために、アスベルは名前を呼んだ。
自分のことを他人の口から聞くのは気恥ずかしいのだろう。
「アスベル」
「だが、リチャード。彼は……」
「じゃあ、レアル」
「じゃあって何ですか。……わかりました。アスベル」
「はい」
真っ直ぐな瞳をした青年だと思った。
多分、レアルにはこんな目はできない。
それを少し羨ましく思いながら、リチャードが望んでいるであろう言葉を口にした。
「ボクは殿下のご友人として君に出会ったんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「レアル」
咎めるのならば、リチャードが上手く説明すればいい。
レアルは少しの不満を彼にぶつけた。
それに苦笑を返すだけだ。
「アスベルとレアルは友達……だよね?」
ソフィの一言は、あっさりとその壁を壊した。
「レアルはわたしとも友達?」
こてん、と可愛らしく頭を倒した。
彼女の問いに何と答えるのが『正解』なのだろうか。
「もちろんだよ、ソフィ。レアルは君やアスベル、それに僕とも友達だ」
「殿下、そこは否定させてください」
「レアルは友達じゃないの?」
「ボクが否定したいのは、ボクと殿下が……」
レアルとソフィのやりとりをリチャードは目を細めて見ていた。
レアルがこんな風に誰かと話すのは、滅多にないことだったから。
「わかったかい、アスベル」
「ああ」
アスベルの視線を受け、レアルは顔を向ける。
先ほどとは違う眼差しだった。
「よろしく、レアル」
「……ああ」
「よろしくね、レアル」
「……はい」
アスベルの手にも、ソフィの微笑みにも、彼は反応らしいものを返さなかった。
仮面も手伝って、二人の目には、無愛想に映っていた。
それを不快だとは思わない。
慣れた反応だから。
「僕は親しい友人たちといるのに堅苦しいのは嫌なんだ」
「はい」
「わかるね?」
リチャードがそれを望むのならば、レアルはその通りにしなければならない。
少し難しく感じたが、状況に応じて態度を変えるのは必要だ。
しばらくは慣れないだろうが、今後役に立つ機会が必ずある。
「レアル」
「何ですか、殿下」
「腕を見せてくれるね?」
わかりやすい動揺を見せてしまった。
やはり疲れているらしい。
「……何故、ですか?」
「右腕、か」
手首を掴まれ、一気に袖をめくられる。
血が滲んだ軽い怪我が日の下にさらされた。
「……殿下が心配されるようなものではありません。自分が未熟なだけです。こんなもの」
「ソフィ、彼の腕を治してくれるかい?」
「うん、わかった」
残念ながらレアルの言葉はリチャードに届かなかった。
ソフィはレアルに近づき、言の葉を紡ぐ。
あたたかい光が入ってくるのを感じた。
浅い傷だったからか、すっかり痕は消えていた。
「……ありがとう」
「怪我したら、いつでも言ってね」
微笑む少女にレアルは居心地悪そうに頭を動かした。
「二人ともあまり気にしないでくれ。レアルは同世代の友人がいないから戸惑っているだけなんだ」
「……殿下」
「事実、だろ?」
いつから自分の主人はこんな風になってしまったのだろう。
思わず出たため息は、決して重いだけのものではなかった。
「のんびりしている時間はないね」
「はい。追っ手はまだ諦めていませんから」
「よし、グレルサイドへ急ごう」
四人は確認するように頷き、グレルサイドへと足を向けた。
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