レアルはその剣を鞘へと戻した。
目の前に倒れているのは、皆騎士だった人間。
王を、そして国と民を守るはずの人間。
事情が変わればこうも立場は変わるのか。
こぼれたため息は、レアルの心に鉛を落とした。
そのままうつむいてしまいそうな顔を無理やり上げる。
急がなければ、こうしている間にもリチャードの身に危険が迫っているかもしれない。
数時間前に彼と『約束』した。
それを破るつもりはない。
『いいね、レアル。僕はグレルサイドを目指す。君もあとから来てくれ』
『……わかりました』
『レアルが早く来ないと、僕は死んでいるかもしれないね』
『……殿下、それは脅しですか?』
『まさか。僕は君を信頼しているだけだよ。必ず、来てくれるのだろう?』
『はい、必ず』
リチャードを先に逃がし、レアルは追っ手を引き受けることにしたのだ。
戦いを終えたレアルはリチャードの元へ急ぐべく足を向ける。
「っ!!」
気配に気づき体を動かしたつもりが、疲労からか完全に避けきれなかった。
右腕に受けた刃。
浅い傷だが、問題はそれではない。
のんびりしていたつもりはないのに、新たな追っ手がそこまで来ていた。
不味い状況だと唇を噛んだ。
「レアル、お前一人か」
親衛隊の一人が口を開く。
顔見知りの青年だった。
そんなことで心を揺らされたりはしない。
レアルは顔を上げて答えた。
「はい。私一人です」
「殿下はどうした。お前は王子の『護衛騎士』だろう?」
「護衛騎士だから、です」
じんわり痛む右手で握る剣は、小刻みに上下し頼りない。
剣のみで突破するのは難しそうだ。
何せ相手は『親衛隊』なのだから。
この場を切り抜けるために、レアルは術の詠唱を始めた。
当然素直に発動させてくれるはずがない。
集中しなければならない状態で、これはツラい。
振り下ろされた刃を何とか受け、それを払う。
単調なそれでいて情熱の色も見える金属音が続いた。
「わかっているのか、レアル」
「何っ、が、ですか……」
「お前がしていることはすべて無駄だ。間もなく、殿下は死――」
「そんなことはさせない。ボクは何があろうと相手が誰であろうとリチャード殿下を守ってみせる!」
剣を大きく横に振り、周りに自分の空間を作る。
それがわずかでも構わない。
一瞬の静寂。
彼らが飛び込んで来る前に叫んだ。
「グラントン!!」
レアルと親衛隊との境目、彼らの足下に現れる土の牙。
地面に咲いた鋭い土の花。
彼らを飲み込むように現れたソレは、命を奪うものではなく時間を稼ぐもの。
発動と同時にレアルは走り出した。
先にグレルサイドへ向かったリチャードの元へと。
リチャードに聞いていた道を走る。
薄暗い王都の地下通路。
縄張りを荒らす敵だと判断した魔物が襲ってくるが、大したことはない。
ただ蓄積された疲労は確かにレアルの体を蝕んでいた。
普段なら避けられるはずの単純な攻撃を情けないくらいに受ける。
そのことが更なる負荷となり、レアルの行く手を阻んだ。
剣を振るう。乱暴に。
それは自棄を起こしたわけではなく、魔物のリーダーを見分けるため。
リーダーを潰せば、何とかなるだろうと判断した。
その場を乗りきり、先を急ぐ。
道端に倒れている魔物はリチャードが倒したものだろうか。
確実に見える戦闘の跡に、レアルは速度を上げた。
不安や後悔や焦燥、様々な感情に急かされていた。
薄暗い空間を走り抜けた彼を迎えたのは、眩しい陽射し。
それから、穏やかな水の音。
手を翳してその空を見上げた。
のんびりしている時間はない。
荒い呼吸を軽く整え、すぐさま走り出した。
急いで追いつかなければならない。
更に速度を上げようとしたその時、道の側にいるリチャードを見つけた。
安心すると同時に緊張が走る。
「殿下!!」
リチャードの前には倒れた数人の兵士。
彼と共に立つ二人にレアルは警戒を露にした。
敵、だろうか。
いつでも剣が抜ける状態で二人を交互に見た。
一人は赤茶髪で白い服を着た同い年くらいの青年。
一人は菫色の長い髪を二つに結ったまだ幼い少女。
外見を見る限りでは、敵だと判断する要素がない。
けれど、油断はできない。
レアルに見られている二人も戦闘体勢で彼から目を放さなかった。
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