何かを作ることは嫌いではない。
どちらかと言えば、「好き」に分類される。
マリアはエプロンのヒモを結んで、笑みを浮かべた。
料理は好きだが、お菓子作りの方がもっと好きだ。
普段は「めんどくさい」の一言が壁になりあまりしないが、ワクワクする。
準備を終えたマリアは事前に渡されていたプリントへと視線を落とした。
作り方が丁寧に書かれてある。
これならば、初心者でも失敗しないだろう。
班のメンバーで役割分担をし、作業を開始する。
終了の鐘に近づく頃には、部屋いっぱいに甘い香りが漂っていた。
見た目は完璧だし、味も良かった。
せっかく作ったのだから、誰かに食べてもらいたい。
その誰かを想像したマリアは、少し迷って彼に決めた。
***
簡単なラッピングをしたそれを手にマリアは目的の人物を探し回っていた。
おそらくここにいるだろうと思った場所はことごとく外れ、少し気持ちが折れた。
まだ心当たりはある。
自分にそう言い聞かせて足を進めた。
ようやく見つけたその姿に、マリアは窓ガラスを叩く。
何度か叩けば、彼の瞳が向けられた。
驚いたとわかりやすく表情に出した弟が可愛く見える。
「姉さん、こんなところで何をしているんですか!?」
「今日、部活休み?」
「はい。ですので、こうして……って違います。ぼくの質問に答えてください」
ヒューバートは高等部の図書室にいた。
窓付近にいてくれて助かったと思う。
中まで入って探しに行くのは、少々面倒だったから。
「姉さん、聞いてますか?」
「はい。がんばり屋なヒューバートに差し入れ」
「……何ですか、これ」
「バナナマフィン。今日、調理実習で作っ……ヒューバート?」
「いえ、何でもないです」
話の途中で何故かビクリと肩を震わせたヒューバートが気になったが、何でもないで通すだろうから詳しく聞かない。
とりあえず、マフィンを彼の手に持たせた。
「味も見た目も大丈夫だよ」
「そんな心配はしていません。姉さんは料理が得意でしょう」
「得意ってほどじゃないけど」
「兄さんも少しは姉さんに似れば良かったのに……」
「ああ、あれね……」
料理をすると意気込んだアスベルが、鍋を取ろうとしてボウルやらフライパンやらを派手にひっくり返した一件を思い出した。
あれは料理以前の話だ。
「じゃあ、私はこれで」
「あの!」
「ん?」
「これ、ありがとうございます」
「うん。あとで感想聞かせてね」
目的を達成したマリアは早足でその場を去った。
頭の片隅で先ほどのヒューバートのリアクションの理由を考えながら。
今日の調理実習はバナナマフィンです2012/06/14
加筆修正 2013/09/18
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