マリアはぼんやりとした様子で雑誌のページを捲っていた。

興味をひく記事も特集もない。

もっともこれは先々月に発売されたものだから、隅から隅までとっくに目を通していた。

新しい雑誌を買いに行くのもいいけれど、生憎の空模様。

出かけたい気分にはならなかった。

ベッドに寝転がり、腹部に雑誌を乗せる。

このまま眠ってしまおうかと、現実逃避のように瞼を閉じた時だった。

部屋の扉が叩かれる。

叩き方から誰なのか想像がついた。

次に飛んできた声が想像を現実のものに変える。


「姉貴、ちょっといいか?」


マリアの弟で長男のアスベルの声だった。

ベッドから起き上がり、乱れた髪に軽く手を通してからノブを掴む。


「アスベル、どうしたの?」

「これ……」


わずかに躊躇しながら差し出したのは、有名洋菓子店の箱。

とても美味しくて、人気店故に売り切れが早くて、学生には若干手が伸ばしづらい値段も魅力的な店の箱。

マリアはそれとアスベルを何度か見比べた。


「……買ったの?」

「そんなわけないだろ。もらったんだよ」


誰にもらったのかは問い詰めず、差し出されていた箱を受け取る。

左手で箱の底を支え、右手で箱を開く。

中にはプリンが二つ入っていた。

宝石のように輝いて見える。

マリアの瞳にも自然と幼子のような輝きが溢れていた。


「ヒューバートと二人で食べてくれ。俺は……」

「アスベル!!」


箱を落とさないように意識しながら、彼に抱きついた。

言葉にならない声がアスベルの口から飛び出す。

その後文句のような言葉が吐き出されたが、たまにはこういう愛情表現でも構わないだろう。

むしろ、今はいつも以上に愛を伝えたい。

食べ物に釣られている自覚はあるが、この喜びを全力全身で伝えたかった。


「アスベル、一緒に食べようよ。ヒューバートに内緒で」

「俺はいいよ」

「優しさで遠慮しなくていいよ。ヒューバートは今日帰り遅いって言ってたし」


本当は弟二人に譲るべきだろうが、目の前のプリンを見てそんなことはできない。


「……わかった」

「じゃあ、お茶入れるね!」


プリンの入った箱を大事に抱え、先にキッチンへと向かう。

お茶を入れて、向かい合って座る。

スプーンで掬ったプリンはふるふると揺れ、私は美味しいから早く食べてと言っているように見える。

ドキドキしながら口に運ぶと、想像以上に美味しくて、幸せ気分も一緒に味わえた。


「アスベル、ありがとね」


いつもより幸せを多分に含んだマリアの笑顔。

ほんのり赤く染まった頬を隠すようにアスベルは顔を背けた。





「アスベル」

「何だ、リチャード」

「これあげるよ」

「え?」

「君の大切な人と食べるといいよ」


最近、少し元気がないように見える姉の姿が浮かんだ。






プリンよりも君のこと



2012/07/16
加筆修正 2013/09/18


 

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