数日前から雨が続いている。
段々憂鬱がたまってきていた。
軽いストレスを発散させるために何かしようと考えていたところだった。
「アスベルー!」
珍しくノックも何もなく姉が部屋に飛び込んできた。
「……姉貴? どうしたんだ?」
「アスベル。何も言わずにお姉ちゃんに付き合いなさい」
「……?」
「あ、何も聞かずに、だった」
「……」
「ほら、そんな顔してないで」
マリアはアスベルの腕を掴み、強引に引っ張った。
こけそうになったことを抗議するが、マリアは聞く耳を持たない。
今日は何の日だと記憶を辿ってみる。
誕生日といった記念日でもなければ、マリアお気に入りの店の開店日でもない。
一緒に出掛ける理由が見つからずただ首を傾げた。
「アスベル、しっかり歩いてよ。引っ張るこっちの身にもなってほしいんだからね」
「姉貴、今日は何かあったか?」
無意味に頭を悩ませるよりストレートに聞いた方が効率的だ。
アスベルの問いかけにマリアは瞳をぱちくりさせ、それから先程のアスベルと同じように首を傾げた。
「何の話?」
「いや、だから……今、一緒に出かけている理由」
「弟と出かけるのに理由がいる? たまには一緒に出かけたいなって思っただけだけど?」
「そうか」
珍しいけれど、そういうことがないわけでもない。
素直に付き合うことに決め、彼女の手から逃れた。
それをマリアは少し不満げに見つめた。
数歩先を歩くマリアに続きながら、アスベルは視線をあちらこちらに向けた。
いつも歩く道。
それなのに、ここはこんな顔をしていただろうか。
ほんの少し違って見える。
それはマリアのせいか。
まるで淡い恋心を思わせるソレにアスベルは苦笑した。
「何笑っているの?」
「いや、姉貴と出かけるのも悪くない。そう思っただけだ」
「そう? じゃあ、今日誘ってあげたお姉ちゃんに感謝しなさい」
「はいはい」
「馬鹿にしてるでしょ」
「馬鹿にはしてない」
「馬鹿『には』ね」
会話は一旦そこで途切れた。
背中を向け合って拗ねている……なんてことはなく、二人は声にならない声で笑っていた。
楽しい時間だ。
少し歩いた二人は目に入ったカフェで休憩することにした。
「アスベル」
「……何だ?」
「そんな怖い顔してたら、彼女に逃げられるよ?」
「逃げられる彼女がいたら、の話だろ?」
「え……。アスベル彼女いないの? かっこいいのに?」
「……」
そんな真顔でかっこいいと言われるとほんの少し照れくさい。
言い方は結構酷いが。
「残念だけどな」
「残念……か。やっぱり彼女は欲しいんだ」
「彼女っていうか、対等な女友達が欲しいとは思う」
「そこのところ詳しく聞かせて」
瞳を輝かせるマリア。
何かスイッチを押してしまったらしい。
「詳しく話すようなことは何も……」
「些細なことでもいいから、遠慮なくどうぞ」
ギュッと握った拳をマイク代わりに突き出された。
それをどうすればいいのか、誰かに教えてもらいたい。
こういう時のインターネットだろうか。
「悩むとはげるよ」
「……」
思わず口に含んだカフェオレを吹き出すところだった。
「ちょ、姉貴!」
「大丈夫だって。うちはハゲる家系じゃないから」
「そういう問題じゃ……!」
言葉はカフェオレと一緒に飲み込んでおいた。
「ほら、姉貴」
「ん?」
彼女の手のひらに落としたのはオモチャのブレスレット。
百均でも売っているような安物。
「アスベルがくれるの?」
「俺がこんなもの大事にしてたら、明らかにおかしいだろ。もらってくれたら、嬉しいかな」
「ありがとう……!」
目尻が光って見えたのは気のせいだと思う。
自分の姉を可愛いと思うなんて、シスコンなのだろうかと真剣に考えてしまった。
白玉みたいにかわいい人2015/12/06
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